1980年生まれ、東京都出身の45歳。17歳のときに事故で右腕を切断、21歳でスノーボードと出会い、健常の選手のなかで左腕だけで競技生活を続けました。一度引退しますが、2018年、第4回全国障がい者スノーボード選手権の上肢障がいクラスで優勝。その後、パラスノーボード日本代表入りを果たし、2022年、北京冬季パラリンピックに出場しました。来月開幕するミラノ・コルティナ冬季パラリンピックにも出場し、北京で果たせなかったメダル獲得を目指します。
◾️子どもの頃から、将来はオートバイのレーサーになろうと思っていた大岩根選手。高校2年生のとき、オートバイの事故で右腕を失い、失意のなか出会ったのが、スノーボードだった。
「当時アルバイトをしてたところの社長の息子さんたちがスノーボードが好きで、よく誘われたっていうことと、同級生から誘われたタイミングで始めてみようかなと思って始めました」
「最初のシーズンは6回ぐらい行ったんですけど、全く滑れなくて。もう毎回スノーボードはやりたくないっていう気持ちと、もうやめますっていうのよく言ってました」
「でもやっぱり、周りの仲間たちに支えられて、半分騙されてやっていたっていうところもあるんですけど。おかげで滑れるようになったって感じです」
◾️こうして、スノーボードにどんどんのめり込んでいった。
「続けていれば形になるっていうことが、スノーボードを通して知ることができて。こういう素晴らしいスポーツをもっともっと広めたいっていうのと、パラリンピックの種目にして、いろんな方に見てもらいたいなっていう気持ちが、25歳ぐらいのときにありました」
「その当時、僕がやっていた競技が、スロープスタイルとか、ジャンプ台を飛んでいたんですけど。自分がやっていた技が、もうちょっと点数にならないようなレベルになってきて。夢を描いていたパラリンピックの競技に持っていくのにもやっぱり難しいのかなって思い始めてきて。ちょっと現実の世界に戻ろうと決めて引退しました」
◾️スノーボード競技を引退したあと、31歳でゴルフを始めた大岩根選手。その数年後「障がい者ゴルフ」という競技があることを知った。しばらくゴルフに打ち込んだが、スノーボードへの思いも強く、2017年、競技復帰を決めた。
「本当はスノーボードを心から好きだったんだと思うんですけど、それを無理やり押し殺してたっていうか。もうやらないって考えを無理やり作ってやんなかったのかなって今は思ってますね」
「本当に久しぶりに履いた瞬間、ドキドキしたんですけど。滑ってみたら意外と覚えていて。引退前よりも逆にいい滑りができたような気もしました」
◾️2018年、37歳のときに大岩根選手は「第4回全国障がい者スノーボード選手権」に出場。スノーボードクロスの上肢障がいクラスで優勝した。
「スノーボードクロスっていう競技自体やったことなかったので、自分でもどうしていいのかわかんないままスタートして。ちゃんとこけずに滑れたっていうことにホッとしてましたね」
◾️この優勝で、大岩根選手はパラスノーボード日本代表の強化指定選手に選ばれた。
「やっぱり自分の夢でもあったので。強化指定選手に選ばれた瞬間に、見えなかった夢がちょっと現実の目標に変わった瞬間で。もう出場してメダル獲得に向けて日々努力しました」
「強化指定のお話を頂いたときも『10年前に頂いていれば』っていう気持ちもありましたね」
「初めは滑り出す道具もなければ、お金もなかったので。何もできなかったんですよ、最初のシーズン。モヤモヤした気持ちでいましたね」
◾️2022年、大岩根選手は北京冬季パラリンピックに出場。上肢欠損のスノーボーダーでは、日本初のパラリンピアンになった。しかしスノーボードクロスの2回戦目、大岩根選手はキッカー、ジャンプ台で転倒してしまう。この転倒が響き、スノーボードクロスは8位。バンクドスラロームは13位という結果に終わった。
「僕のクラスは中国の選手がいきなり北京から多かったんですけど、初めて見る選手とかもいっぱいいたんですが、しっかり滑り込んでトレーニングをした結果、中国チームのメンバーがもうとてもいい滑りして強いので『自分がやってきたトレーニングは足んなかったな』っていう反省とともに、もっともっと色々やっていかなきゃいけないっていうことを気づかされた大会でしたね」
◾️いよいよ来月開幕するミラノ・コルティナ冬季パラリンピック。45歳の大岩根選手は、2度目の大舞台に挑む。
「体力が衰えてるっていう感じは、今現在、全くないんですよ。日々気を付けているのは、体重変化があまりないように維持してるんですけど。やっぱり、トップスピードを作るのにウエイトがあった方がいいので、80キロを目指して、体力作りをしてきました」
「このまま、81キロをキープしたまんまミラノに行きたいなとは思っています」
◾️ミラノ・コルティナパラリンピックに向けて、大岩根選手に抱負を聞いてみた。
「カギとして2つあるんですけど。1つはやっぱりカービングターンの質とキレを、今、あげるトレーニングをずっとしてるんですけど。それをコルティナに入るまでに仕上げるっていうことが課題で。それが出来上がってから、実際の試合中では、やっぱり北京で失敗してしまった『勢いで行かない』。しっかり、一瞬一瞬、冷静に判断して滑りきるっていうことができれば、きっといい形に持っていけると思っているので。そこでチャンスを狙ってメダル獲得に向けていきたいと思っています」
「なるべく無駄なズレをなくして、ターン中でも加速していくような。なんて言うんすかね、ターンをできるように今ずっとトレーニングしています」
「やっぱり冷静に判断できるように、強いメンタルを作っていくために、カービングターンをしっかり自分のものにしていきたいと思います」
◾️スノーボードの指導者でもある奥様は、大岩根選手に的確なアドバイスをしてくれる。
「妻はインストラクターをやっていて。検定員もやってたんですけど、いつも遠征中でも、動画を妻に送って、色々アドバイスをもらって、サポートしてもらってますね。なかなか合格はくれないんですけど。その厳しさも感謝しています」
◾️大岩根選手にとって、パラスノーボードの魅力とは?
「いろんな障がいを持った人たちが集まっている世界で、本当に滑り方とかが、正解が1つではないなっていうのがある世界だなって思ってますね。個人個人の個性で勝負してるっていう感じです」

2026.02.23
大岩根正隆(パラスノーボード日本代表)
1980年生まれ、東京都出身の45歳。17歳のときに事故で右腕を切断、21歳でスノーボードと出会い、健常の選手のなかで左腕だけで競技生活を続けました。一度引退しますが...

2026.02.16
後田吹雪(パラスノーボード日本代表)
1994年生まれ、兵庫県出身の31歳。2017年、現場作業中の事故で左足を切断、義足でスノーボードを始め、2021年「第7回全国障がい者スノーボード選手権」で初優勝...

2026.02.09
緋田高大(車いすバスケットボール)
1995年生まれ、大阪府出身の30歳。千葉ホークス所属。3歳のときに事故にあい、車いす生活に。小学生から車いすバスケットボールを始め、高校時代はU23日本代表に選出。...

2026.02.02
三澤英司(パラアイスホッケー日本代表)
1973年生まれ、東京都立川市出身の52歳。北海道ベアーズ所属。17歳のときに悪性腫瘍のため右脚の股関節から切断。大学卒業後にパラアイスホッケーを始め、1998年、長...

2026.01.26
保田明日美(パラトライアスロン)
1991年生まれ、三重県出身の34歳。2017年、事故で右足のヒザ上から切断。入院中、義足陸上クラブの練習会に参加したことをきっかけに、パラ陸上の世界へ。短距離と走り...