2017年11月27日

福島の秋

 今月中旬、福島県に取材出張してきました。天高く馬肥える秋。水田では稲刈りが終わったタイミングでしたが、果樹園ではリンゴがいよいよ収穫の時を迎え、真っ赤に色づいた姿が青空に映えていました。

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 このところ、福島の農業についての取材を続けています。今回は、リンゴ農家(福島市)と稲作農家(郡山市)に話を聞いてきました。震災から間もなく7年。福島の農業が直面している課題について、今後まとまった時間を取って皆さんに報告できればと思っています。

 さて、せっかく取材に行ったのですから、農業関連の以外にもと思い、合間を縫って浜通りに足を伸ばしました。まず訪れたのは、震災直後に原発事故で避難を余儀なくされ、津波被害の痕が一年後も二年後もそのまま手付かずで残されていた浪江町請戸地区。立ち入り禁止が解除され、許可された住民やメディアの取材が解禁された2013年以来の訪問だったのですが、当時と比べ瓦礫は撤去され、港湾も整備されていました。


 当時は、このブログの記事の2枚目の写真の通り、津波で流された平地には自動車や漁船が打ち上げられ、無残な姿をさらしていました。これが、震災2年後の姿です。それが、新しくなった港には漁船も何隻も付けられていて、試験操業も行っている様子。そうした光景を見ると前進を感じられますが、港の仮設展望台から見渡すと海沿いには広大な更地が広がり、果たしてここに何を作っていくのか、道のりの長さを考えさせられました。

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 ちなみに、この広大な更地を活かして福島県は、隣の南相馬市とともに『福島ロボットテストフィールド』を来年度からスタートします。南相馬の拠点から浪江の拠点まではおよそ13キロ。ここを結ぶ無人航空機の長距離飛行試験を行うことを想定します。国内の国家戦略特区などはどうしても飛行ルートに居住者がいてミクロな宅配の試験などはできても長距離飛行の試験はできません。海沿いで居住者がいないのを逆手にとって、こうした前向きな取り組みも行われているのです。


 次に訪れたのは富岡町。こちらは2013年の浪江町取材の際、また2015年大熊町取材の際にも訪れましたが、直近の2年前と比べても大きく変わった感がありました。当時は、駅前商店街を通ると倒壊寸前の建物が手付かずで残っていたり、草ぼうぼうの駅のホームが残されていたりと、まだまだ時間がかかる印象でした。


が、先月末にはJR常磐線が竜田~富岡間で運転再開。常磐線を乗り継げば、東京まで直結することになります。駅前には交通広場やホテルも建ち、真新しい戸建て住宅や集合住宅もチラホラ見え出しました。国道沿いにはスーパーも営業再開。夕方は買い物客で賑わっていた。メインはやはり復興需要なのか、建築関係らしい日焼けした男性が多い印象を受けました。

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 今回の出張では、この富岡のホテルに宿泊したのですが、周りはまだまだ復興途上。夜になると、人の営みが少ない分だけ、静寂と闇が訪れます。しかし、見上げると、素晴らしい星空!何度も何度も、流れ星を見ることができました。これは、自分の子供に見せてやりたい。そう思わせる壮大な夜空です。素人考えながら、海沿いに広がる広大な土地の活かし方の一つのヒントになるのではないかと思いました。

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 翌日は浜通りから再び中通りに戻り、郡山で取材を続けましたが、最後に出会ったのがこの虹。地元の方に聞くと、この時期は地元の人が「しぐれ」と呼ぶお天気雨がよく降るので、虹は大して珍しくないそうです。我々にとっては子供のころ以来、人によっては10年以上ぶりに見る虹に大はしゃぎ。幸先がいいねぇと私も悦に入っていました。福島の農業については、今後も取材を続け、形にしたいと思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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