2000年生まれ、埼玉県所沢市出身の25歳。先天性の目の病気のため、右目は義眼、左目は弱視の状態です。4歳からサッカーを始め夢中になり、2021年から弱視の選手がプレーをするロービジョンフットサルを始めました。今年1月から世界大会出場の夢を叶えるため、ブラインドサッカーに取り組み、5月に大阪で行われた女子の国際大会「IBSAワールドグランプリ2025 inうめきた」で代表デビュー、優勝に貢献しました。10月にインドで開催された女子の世界選手権では、銅メダルを獲得。男子選手に混ざってブラインドサッカーの日本選手権にも出場しています。
◾️4歳からサッカーを始め「ボールがないと生きていけない」というほど夢中になった。
「近所にサッカースクールがあって、始めたときはまだ自分がちっちゃかったのもあって、目のことも全然理解してなかったので『なでしこジャパン日本代表になって、プロサッカー選手になって、世界で活躍したい』という風な夢を持ってやっていました」
◾️高校は女子サッカーの強豪校に進んだ西山選手。当時、右目が見えないことはハンデと思っていなかったが、高校3年間は控えのBチームで過ごした。
「Bチームの試合で、試合に出たときはだいたい点は取っていたけれど、試合に出てないということは、自分の方が下手なんだろうなっていう風に思っていたので。そのときは特に目のせいとかは思ってなかったので、うまくなれば試合に出られると思っていたので。その試合に出られない悔しさのためにひたすら練習していました」
◾️その後、大学に進むと西山選手は左目の視力が悪化。フットサルに転向するも、さらに視力が悪化。「もうプレーができない」と、フットサルを一度あきらめたが、知人が再び熱心に誘ってくれた。
「もう目も見えないし、フットサルはできないっていう風に最初は言ってたんですけど。その人がもうずっと誘い続けてくれて、私が何回断ってもひたすら『もう楽しくやれればいいから』ってひたすら誘い続けてくれて……」
「サッカーが好きっていう気持ちはまだあったし、もう1回ちょっとやってみてもいいかなっていう風に思って、最初、1回目の練習に行ったんですけど。そこで監督と話したときも『見えにくいのはもうみんなわかってるから。その上でのミスは全然もう気にしなくていいよ』っていう風に言ってくれて。このチームだったらもう1回フットサルを始めてもいいかな、という風に思って、もう1回始めることができました」
◾️弱視の選手がプレーするロービジョンフットサルを始めた西山選手。初めてプレーをしたときの感想は?
「ロービジョンを始めたきっかけは、フットサルをもう1回始めたチームで、もう1回『楽しいな』っていう風に思えて。でも、やっぱり健常者の中で上を目指すのは難しいなっていう風に思って」
「で、元々、ロービジョンフットサルの存在はインターネットで調べて知っていたので『ここだったら、自分でももう1回上を目指してフットサルできるんじゃないかな』っていう風に思って。ロービジョンフットサルを始めたっていう感じです」
◾️西山選手は、今年1月からブラインドサッカーを始めた。
「スペイン(のフットサル留学)で色々気づけて、フットサルに転向して、そこで上を目指してやっていたんですけど。そこで一旦やりきったなっていう風に思って。やっぱり、でもどこか『上を目指したい』っていう気持ちはあって。ブラインドサッカー、女子だったら弱視でも出られるっていうことは、日本にいる時から知っていたので。年明けに体験させていただいて、っていう形で始めました」
◾️すぐにブラインドサッカーにも慣れ、女子代表に選出された西山選手。5月に大阪で行われた女子の国際大会「IBSAワールドグランプリ2025 inうめきた」で代表戦デビューを果たした。
「大会の前は正直、自分、あんまりコンディションも良くなかったので、控えで点を取りたいときにちょっと試合の後半に出るよ、ぐらいでしか言われてなかったので……行ってみて、選手も減ってしまって。全部出なきゃいけないし、観客もすごくいるっていうのはすごく驚いたし、正直、焦りましたね」
「本当は、大会前はピヴォで、前線で点を取るっていう役割だったんですけど。急遽選手の変更もあったので、実際は左サイドで、守備メインでやっていました」
◾️日本は、アルゼンチン・オーストラリア・イングランドと同じグループに入り、予選を突破。決勝ではアルゼンチンをPK戦で破り、優勝。西山選手は5試合にフル出場した。
「代表デビュー戦で、控えももういなかったので、大会を全部戦いきるっていうので必死だったので。終わってみたら優勝していたっていう感じでした」
◾️今年10月、西山選手はインドで行われた女子の世界選手権に出場。予選リーグを2勝1敗で突破した日本は、準決勝のイングランド戦で0対0、PK戦で敗れた。ブラジルとの3位決定戦でも得点は奪えず、0対0で決着はPK戦に持ち込まれ、日本はPK戦で勝利。銅メダルを獲得した。
「いや、本当に安心しました。ずっと夏の間一緒に練習してきたキャプテンがキッカーで、絶対決めてくれるだろうと思ってはいたんですけど。やっぱり決めた瞬間は本当に嬉しかったし『これで手ぶらで帰らなくて済む』っていう安心感が大きかったです」
◾️女子世界選手権を終えて、西山選手が感じたことは?
「個人としてはやっぱり得点力のところ、攻めれるけど決めきれないっていうのが大きな課題だなと思ったので、そこはもう次の大会は準備しておいて、少しでも多く点を取れる選手にならないといけないな、っていう風に思いました」
◾️西山選手には、夢がある。
「女子のロービジョンを作りたいっていう風に思っていて。今、日本国内でまだ自分1人しか女子選手がいないので。ブラインドサッカーも競技人口が少ないので、全然簡単なことではないと思うんですけど」
「少しでも女子選手を増やしたいっていうのも、女子でスポーツを、そもそも視覚障害があってスポーツをできる場所があまりない。けど、やりたい子たちはいるので。自分自身すごくサッカーが好きで、サッカーの魅力もたくさん知っているので。そういったところを少しでも多くの人にも知ってもらいたいっていう思いが強くあるので。女性の、特にロービジョンていうところを作りたいなっていうのは、将来的に思っています」

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