1989年生まれ、福島県出身の36歳。感音性難聴のため、生まれつき耳がきこえにくい状態です。中学から高校までバスケットボールをプレー。大学から、聴覚に障がいのある選手がプレーするデフバスケットボールを始めました。2014年、初めてデフバスケットボール日本代表に選ばれ、国際大会で活躍。来月開催される東京2025デフリンピックにも日本代表として出場する予定です。また、デフバスケットボールのクラブチーム「スクラッチ」を立ち上げるなど、競技の普及にも力を入れています。なお今回、手話通訳を介したインタビューになります。
◾️山田選手がバスケットボールを始めたきっかけは?
「バスケは中学校のときから始めたんですけど、そのとき仲の良かった幼なじみが、元々は野球をやりたいなってっていう話をしていたんですけど、なぜか幼なじみが「バスケ部入る」って話になったのがきっかけになります」
◾️大学入学後、山田選手はデフバスケットボールと出会う。
「東京の大学に行ったんですけども、大学はバスケ部が埼玉の熊谷の方にあったので、さすがに遠いっていうこともあって。そこで、大学の近くのクラブチームをちょっと探そうと思って」
「ちょっと調べてたら、たまたま『デフバスケ』っていうワードがあって。それを見つけたときに、こういうスポーツがあるんだって強く惹かれて、始めたのがきっかけになります」
◾️デフバスケットボールを始めて6年が経った2014年、山田選手はようやく日本代表に選ばれた。
「レゾネイターズに入って、そのときのチームメイトは日本代表のメンバーだったこともあって。活動とか、デフリンピックに参加された方からの話を聞いて、日本代表になりたいなって思って、練習を積み重ねて、やっと選ばれたっていうのはすごく……とても嬉しかったなっていうのは、覚えています」
◾️山田選手が初めて代表としてプレーをした国際大会は?
「2015年7月のデフバスケットボール世界選手権っていうのがありまして。で、場所は台北で。初めて日本代表選手としてコートに立ちました」
「日本代表として、日の丸っていうのは重みがすごく感じました」
◾️2015年の世界選手権。強豪国と同じ組に入った日本は、予選リーグで白星を挙げることができず、無念の敗退となった。
「予選ではリトアニアとかロシアとか、あとはイスラエルとかですね、もうほとんどの国はベスト4に入っている強豪のチームで。もう何もできず、歯も立たず。1回も勝てずに予選敗退っていう結果になりました」
「日本代表として何もできなかったっていうのは、それがすごく悔しくて。『このまま帰って、どう報告したらいいのかな』っていうのはすごく思いました」
◾️2015年、台湾での世界選手権では、強豪国の前になすすべもなかった山田選手。4年後の2019年、ポーランドでの世界選手権では、たくましい代表選手に成長した。
「世界選手権では、前回と違って通用するところもたくさんあって。結果的には予選突破はできなかったんですけども『世界でも戦えるな』っていうのは思いました」
◾️競技普及のため、山田選手は4年前、デフバスケットボールのクラブチーム「スクラッチ」を立ち上げた。
「スクラッチは2021年の4月に立ち上げまして……」
「きっかけはコロナ禍で、当時、デフバスケのチームが全国で減りまして。そこで、デフバスケをやりたい選手が、そのプレーする場がなくなったっていう話も聞いて。それをきっかけに、デフバスケをできる場を作ろうと思って、スクラッチというデフバスケのクラブチームを立ち上げました」
◾️来月11月、耳がきこえない・きこえにくい選手によるスポーツの祭典・デフリンピックが初めて日本で開催される。100周年という節目の年になる。
「今回、東京で決まって、スポーツを見たことないかたも、これを機に知ってもらえる、いいきっかけになると思いました」
◾️東京2025デフリンピック。日本は予選リーグで、いきなり世界ランキング1位のウクライナと対戦する。その後はアルゼンチン、イスラエルと続く。
「初戦、いきなり世界ランク1位と試合するのは、僕もすごくわくわくしています。めったにそういう相手と試合することはないと思うので。自国開催っていうこともあるので、もうチャレンジャーとしていいパフォーマンス、そして元気づけるようなプレーを見せたいなと思います」
◾️山田選手が実現したい夢は?
「まず、聞こえない子どもたちがバスケを始めたいっていう……何人か出てきているので、そこでプレーできる場をまず作りたいなっていうのは思っています」
「そのチームを作って、聞こえない子どもたちがそこのチームでたくさん練習して。そこからデフリンピックの日本代表選手が出ればっていう夢を持っていたいなっていうのは思っています」

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