1974年生まれ、山梨県出身の51歳。元プロボクサーで、1994年に事故にあい、左手首の腱を断裂。左手が自由に動かなくなりましたが、1995年に復帰。右手一本で戦い「竜の爪」の異名をとりました。2002年、試合中に眼底骨折で右目の外側の視界を失い、2004年引退。その後指導者となり、2015年からボクシングを通じて社会貢献活動を始めました。現在は一般社団法人ブラインドボクシング協会の会長として、障がい者ボクシングの指導や、青少年の自立支援を目的としたボランティア活動を行っています。
◾️1994年、20歳のときにオートバイでジ事故にあい、左手に障がいが残った村松さん。左手が動かなくなっても現役を続けようと思った理由は?
「最低目標が日本チャンピオンっていうラインがあったので、やっぱりそこのベルトを巻くまではちょっとやめられないっていう思いがあったので、また復帰しました」
「左手なくても右手があるから闘えるでしょう、っていう話ですね」
◾️しかし2002年、試合中に眼底骨折で視界が制限され、村松さんはプロボクサーを引退する。プロは引退してもアマチュアの大会でボクシングを続けていた村松さん。並行して、障がい者の支援活動を始めた。
「自立支援活動というか、精神とか知的・身体障がい者のかたのボクシングトレーニングするようになったりして、障がい者のかたたちに自信を持ってもらって輝かせることで、私自身が輝けるんじゃないのかな、ということに気が付いて。そういう方向に変わっていきました」
◾️そこで村松さんは「D&Dボクシングジム」を開設する。D&Dボクシングジムでは、健常者と障がい者が、同じ時間に合同でトレーニングした。
「障がい者のかたを受け入れて自信をつけてもらうっていうことで、設立しました」
「私自身が障がい者と健常者、晴眼者、視覚障害者の壁をなくしたいっていう思いから、同じ時間で。お互いを理解してもらいたいという思いがあったので、同じ時間でトレーニングしていました」
◾️「ブラインドボクシング」は2011年に視覚に障がいのある人もボクシングを楽しめるよう考案された競技。選手はアイマスクを着け、晴眼者のトレーナーと一緒にリングに上がる。村松さんがこの競技に出会ったきっかけは?
「元プロボクサー仲間に『こういうブラインドボクシングっていう視覚障害者の人のボクシングがあるんだけど、ちょっと体験してみない?』っていう東京体験会に誘われたのがきっかけでやるようになりました」
「引退した後で、ブラインドボクシングと障がい者支援のボクシングジムを同時に立ち上げました」
◾️ブラインドボクシングは、どこでパンチを繰り出すか、どういうガードをするかは自由で、採点では「ストーリー性」も重視される。
「決められたガードはありますけど、その中のストーリーというか、選手たちが自分たちでいろいろ組んでくるので。見せるボクシングですね。ポイントは、ガードができているかとか、サイドステップできているとか、バックステップできているとか」
「ガード1、2、3っていうのがあるんですけど、ガード1だとワンツーを打つ。ガード2だとワンツー、フック。ガード3だとワンツー、フック、ストレートまで打ってくるんですけど。選手にはそれ覚えてもらうんですけど、そのコールがあったときは選手がトレーナーに対してワンツーを打ちます。これは聞こえたよっていう合図でワンツーを打って、そのあとトレーナーが選手に対してガードコードに対しての攻撃をします。それをしっかりガードができているか、間違えていないかとかの採点があります」
◾️現在、村松さんは、一般社団法人ブラインドボクシング協会の会長を務めている。ブラインドボクシングは、どんなかたが取り組んでいるのだろうか。
「マラソンをやってたり、色んな競技をやりながらもブラインドボクシングをやったりとか、みんなしてますね」
「女性のかたもいますし、あとは、名古屋の方ではプロではないんですけど、ボクシングをやっていたかたもいます。弱視のかたと、全盲……全く見えないかたがいらっしゃるので、それを平等化するっていうことで、アイマスクをすれば全く見えなくなるので、そのようになっています」
◾️現在行われている、ブラインドボクシングの大会は?
「大会は今のところは全国大会。名古屋支部と本部でやる大会を、最低年に1回大会やりましょうっていうことで、今はなんとかやってます」
「今年は11月の9日に行う予定です。今回は無観客で、ちょっと関係者のみになってしまいます。youtubeとかでは公開する予定です」
◾️将来、世界展開も視野に入れている。
「まずは日本全国に発信して、もっと競技人口を増やして、後々は世界に発信していって……パラスポーツの正式種目にすることも目標の1つにしております」
◾️2020年、網膜色素変性症を抱えた40代の関章芳選手が村松さんのジムに入門。ブラインドボクシングの選手として、後楽園ホールのリングに上がり、竸技を行なった。関選手の姿を見て、晴眼者の息子・瑞規選手もジムに入門。現在プロボクサーとして活動している。
「初めは、お父さんの関さんの付き添いで来ていて、トレーナーとしてお手伝いしていただいてました。そこからボクシングに触れていくうちに、プロボクサーになりたいっていう思いが強くなっていって、私がパーソナルで個人的に2年間みっちり教えて、プロボクサーの道へ進みました」
「プロテストを受けて、もう試合もしています。関さんも、息子の瑞規も喜んでますね。その2人ともボクシングの会話が増えたっていうことを言ってます、家の中で」
◾️村松さんがブラインドボクシングを通じて伝えたいことは?
「視覚に障がいがあっても、少しサポートすれば素晴らしいパフォーマンスができます。これは社会にも共通することだと思うんですけど、ほんの少しサポートしてあげれば、いろんなことができるので。たくさんの仕事ができます。何もできないわけじゃないんです。そういうことを色々理解していただければ、もっと活躍できる場所が増えると思います」

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