私の座右の銘のようなもの。
昔の人は いい事を言った。
「人生は五分(ごぶ)の真面目(まじめ)に
二分侠気(にぶきょうき)、残り三分は茶目に暮らせよ」
私はこれをモットーに生きてきた。
「侠気」というのは「男気(おとこぎ)」ということだろう。
(義理人情も含まれるだろう)
そして残りの30%は茶目、ユーモアを持って生きてゆけということだ。
シャレっ気が どれだけコミュニケーションを豊かにすることか。
人間関係のクッションになるのだ。
年があけて 余計にきくようになった周りの声。
「あのブログ見て新しい本みつけてるんですよ。」
「おもひでコロコロでとりあげた本 よく買ってますよ」
「なかなか本屋に行けなくて助かってます」
「あのブログに色々書いててノーギャラですか」
「結構、見てる人 多いですよ。若人は相当みてますネ」
「旦那、あれだけ書いてたら他に いい所ありますよ。ちゃんとギャラもらえますよ」
色んな誘惑の声。それでも「侠気」を大切にするから ここで始めた以上 筋を通さなければいけない。
出版不況の中 ひとり出版と ひとりラジオキャンペーンだ。
1月も終わる。想い出した。私が40才を過ぎたあたりから毎年 談志師匠からお年玉をもらっていた。
40をすぎた私に毎年お年玉をくれるのは地球上で ただ一人。談志その人である。
10年も20年も ずっとくれた。これ程 嬉しい事はなかった。ポチ袋が生きるお守りみたいだった。
この喜びを皆にも分かってもらう為 私の周りにいる若手達には必ず昔は2日の夜に家へ呼び飲ませ食わせ お年玉をあげた。
浅草キッドやら昇太、談春、志らく、松村邦洋、江頭2:50 ほかた――くさんの若手。
まだ誰一人世の中に名前が出ていなかった時代。
以来30年以上 今でも。お年玉をあげる相手が変わって「一之輔のこどもへ」やら「ナイツのこどもへ」「東MAXの娘へ」「松本明子のこどもへ」などなど。
いくつになっても ポチ袋は夢の袋である。
小さい内から手なずけておかねば。
下は とってあった談志のポチ袋。中には きれいな一万円札が今でもキチンと入っていた。
一番右の「お祝」は私が昨年「喜寿」になった時 談志のおかみさんから頂いたお祝い。
「松風則子(立川談志)」とある。則子さんで通称「ノンくん」である。
いつも談志がこう呼んでいた。我々もこう呼ぶ。
侠気――私は時々そっとお線香を贈っている。やっぱり談志に会いたい。
昨晩BSにて「初恋のきた道」を見たが いいね――。胸がキュンとつかまれた。
77才という年令を忘れて自分の部屋で泣いた。チャン・イーモウ監督。
25年位前の映画?見落としていたが これ程ジーンと来た映画は何年ぶりだろう。
少女が美しい。愛おしい。
そういえば柄にもなく談志が「“初恋のきた道”あれはいいです。見た方がいい」と言っていたのを今になって想い出した。
1月14日(水)
談志最後の友人 野末陳平(94)を囲んで家の近所のホテルでトーク&ランチ。
真ん中に陳平翁と私。右に一之輔 左に志らら これで12時に始まったのに2時をまわった頃 一之輔の姿はなく
右の写真は立川談笑が入っている。
私も そっと抜けたのだが 志らら曰く「4時半まで1番喋ってました。食事は2回です」
私が「先生と同世代の五木寛之とか黒柳徹子とか広岡達朗、小林信彦らは元気ですよ」とあおると
「まだまだ俺だって…」と負けん気だけは強い。いい事だ。

1月16日(金)
「クレージーケンバンド華麗なるツアー2026」(横山剣)
渋谷のラインキューブへ。ワクワク。
昔の渋谷公会堂である。
となりのNHKの西口玄関そのむかいっかわが富ヶ谷という今では高級住宅地。
私は1948年ここで「オギャー」と生まれた。
元祖・渋谷系である。
ライヴは上機嫌。途中「横須賀ストーリー」など昭和歌謡の大サービスも。
アンコールで乱入したライムスター。
宇多丸と剣で「西原商会~~~ッ」と熱唱。大サービス。えらい格好良かった。
1月19日(月)
「笑点」のプロデューサーにして私のただの追っかけK氏が月島に住んでるという事で「よしっもんじゃだ」と月島に集まる。
センターの私、右に松村邦洋、左にタブレット純。
1番右は もはやおなじみ私のお供上手、ひとり助さん格さん。「テレビマンユニオン」わたなべ。
左に「笑点」Kプロデューサーそして志らら。グーゼン?サッカーの試合終了でシャツの交換したのかと思った。
KのTシャツは「ビバリー昼ズ」志ららのTシャツは歌丸の入った「笑点」。どういう事だ。
右の写真は月島名物1メートル以上あるリクガメとタブレット純。珍獣を見るような私。
「志の輔らくご IN PARCO」
1ヶ月公演も1月31日まで。鉄人だネ。
右はタイタンライブ30周年記念公演。2月6日 7日(ラインキューブ)。
CKBと同じ私が生まれた所だ。
爆笑問題、ウエストランド、他ゲストも多数。還暦で充実の爆問から目が離せない(訳がない)。
〈トートツなお知らせ〉
魅力的な土俵での動き――義ノ富士。
私と同じ6月25日生まれです。すごい。
2人の横綱を倒した。勝ち越した。よかった。
少年漫画「イガグリくん」みたいな顔。
〈新刊案内〉
次々と新しい本が出る。
江戸っ子、東京ッ子がとことん語り合う。
私は玉がもう少し経ったら二代目 毒蝮を継ぐべきだと思う。
蝮先輩(日芸の先輩。談志と同じ昭和11年生まれネズミ年)は素敵な年のとり方を提案する。
年をとったら「三ッの“べる”」だそうな。
「食べる」「しゃべる」「調べる」
これを大切に。そうすりゃボケないと。
「調べる」といってもスマホですぐ見るのではなくキチンと辞書をひいてみる。忘れないコツだとか。
右側は筋金入りの ひきこもり。社交ゼロ。
ねたみ、そねみ、うらみ――そこからの自己啓発。後ろ向きに生きる男の逆転。「ルネッサーンス」の髭男爵の山田ルイ53世の書。文章がうまい。
本橋信宏の本が出ると つい読んでしまう。
右は副題にある通り「ラジオ・テレビの100年史」である。「音と光の世紀」一応 私も日芸の放送学科卆だから こういう本は読む。
出た!シンメトリー男。日芸の もの書きは私、市川森一、三谷幸喜、太田光、そして映画のことなら春日太一である。左右対称。
「自宅で楽しむ週末邦画劇場」厳選の55作品である。文庫。
遂に文庫本になった「沢村忠に真空を飛ばせた男」上と下。
文庫になったお陰で あとがきもタップリ。
「ナゾ解き」の楽しみもある。
ちなみに「キックの鬼」沢村忠も日芸の先輩で昼休みサンドバッグを蹴りあげる沢村忠先輩をキャンパスでいつも見ていた18才の私。
その翌年、華々しくキックボクシングでデビュー。
衝撃とはこのことか……。
只今入ってきた告知。
ダチョウ倶楽部が40周年で大きなパーティーをやります。
私がライヴをやった5,000人入るでっかい国際フォーラムホールA。

このイラストは私と雑誌等でコンビを組む佐野文二郎です。朗らかでいい表情。
ゲスト陣がスゴイ。有吉弘行、江頭2:50、カンニング竹山、純烈、粗品、土田晃之、出川哲朗、野呂佳代、松村邦洋、渡辺正行、ほか多数。
5月25日(月)18時30分。
「きいてないよ」と言わず行ってやって下さい。
当日、多分 竜ちゃんも来ますよ。
1月26日
高田文夫

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