高田文夫のおもひでコロコロ

2025.09.11

第140回『ザ・芸能界』

もう何十種類になるのだろうか。名刺代わりの「千社札」である。「まだまだ高田文夫」が残り少なくなってしまったので新作 「喜寿」バージョン。シンボルカラーの「紫」を地に「もうすこし高田文夫」である。元気そうに見えても「残」は わずかかもしれません。
77才を大切に扱いましょう。会った人にはお渡しします。
千の神社をまわって貼ってくると願いが叶うと江戸っ子は言ってました。
私も蔦重や北斎と まわったものです。
貼っておくと その神社に おこもりしてる事になるそうです。


この2冊さえ読めば この業界のことが ほとんど分かります。
圧倒的支持を受けております「月刊Takada2」ですが、ここへ来て伸びが いまひとつです。
もし私の事が好きなら友人でも親でも むかいの間男にでも何でも すすめちゃって下さい。
「2」が売れないことには「3」が出せない訳ですよ。何でも1・2・3でワンセットでしょ。「走・攻・守」「松・竹・梅」「グー・チョキ・パー」「ミキ・ラン・スー」です。

今年の上半期は ぶっちぎりで「爆弾犯の娘」だったが ドキュメント部門下半期の一位は「ザ・芸能界」(田崎健太)ほとんど知らない事だらけ。
圧倒的取材力。日頃 顔をみることもない芸能界の「首領たちの告白」。
私も22才で この世界へ入って以来55年間という長さで芸能界に居るが 会って話をした事がない人がほとんど。
すごい。歩くタブーである。

  バーニング 周防郁雄
  田辺エージェンシー 田邊昭知
  ホリプロ  堀威夫
  吉本興業 大﨑洋

その他続々すごい人が。
業界に居る以上は この1冊分ぐらいは知っておいて欲しい。

 

クレイジーケンバンド横山剣からもらった「酒屋の前掛け」
右はダチョウ倶楽部のジモンからもらった帽子。かぶる所が竜兵を思い起こさせて「豆しぼり」なのが嬉しい。

サンドウィッチマンライブツアー2025へ行ったらもらったシールと米不足「みやぎ米」

あの銀座・鳩居堂で開かれた中山秀征書道展
「空」そして有名な「敗不」

 

 

ハルウララが死にました。ちなみに生涯0勝113敗でした。

爆問田中が買い方間違えたのに200円で180万円とりました。
50万くれ――ッ。

ユーチューブかなんかで桂三度(3でバカになる人)が言ってたそうだ。
「関西と関東の落語界の この違いというのは 関東には高田文夫が居て 関西には誰も居ないということだ」
何人かに きかされたので多分こんな事を言ってたのだろう。

橋幸夫の死は大きい。17才のデビューから ずっと第一線だった御三家リーダー。82歳。合掌。

 

9月12日

 

高田文夫

  • ビバリーHP導線
筆者
  • 高田 文夫
    高田 文夫
    高田 文夫

    高田 文夫

    1948年渋谷区生まれ、世田谷育ち。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。卒業と同時に放送作家の道を歩む。「ビートたけしのオールナイトニッポン」「オレたちひょうきん族」「気分はパラダイス」など数々のヒット番組を生む。その一方で昭和58年に立川談志の立川流に入門、立川藤志楼を名乗り、'88年に真打昇進をはたす。1989年からスタートした「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は4半世紀以上経つも全くもって衰えを知らず。