2019年09月06日

京急踏切脱線事故について

 昨日起きた京浜急行線の衝撃的な踏切衝突事故。衝突したトラックの運転手の男性が死亡、34人がけがをしました。まずは、亡くなられた男性のご冥福をお祈りするとともに、けがをされた方の快癒を祈念したいと思います。

<横浜市神奈川区の京急線の踏切で下り快特電車がトラックと衝突、脱線した事故で、神奈川県警は5日、トラックの本橋道雄運転手(67)=千葉県成田市前林=が死亡したことを明らかにした。県警によると、負傷者は電車の運転士と乗客の計33人で、いずれも軽傷だった。
 現場付近は通常、時速120キロで走行し、電車は衝突直前に非常ブレーキをかけていたことが京浜急行電鉄への取材で判明。脱線は先頭から3両目までだったことも分かった。捜査関係者によると、トラックは線路沿いの道路から右折して踏切に進入したが曲がりきれず、ハンドルを切り返しているうちに立ち往生して衝突したとみられる。>

 この事故で京急線は当初、京急川崎~上大岡間が運転見合わせとなりました。京浜間の大動脈が不通となったということで、帰宅ラッシュの時間帯には並行して走るJR京浜東北線や東海道線、横須賀線などに乗客が流れ、京浜東北線は夕方ラッシュ時の南行線(下り線)を臨時で増発するなど、鉄道業界を挙げて対応に当たりました。
 上記共同通信の記事にもある通り、この事故は13tトラックが住宅地の生活道路に迷い込み、最後に踏切に進入したものの曲がり切れず、ハンドルを切り返しているうちに立ち往生して衝突したということです。
 しかしながら、ワイドショーなど各社の報じ方を見ているとどうも「なぜ電車は止まれなかったのか?」「運転士は経験が1年あまり」といった、電車側に問題があったと言わんばかりの見出しがついています。

 そもそも論として、電車は急には止まれません。事故直近の神奈川新町駅を通過するときに、通常であれば時速120キロが出ています。120キロの列車を止めるには、ざっくりと計算しても600mあまりが必要です。さらに、時速120キロは秒速に直すと33mあまりになります。1秒の判断の遅れで33m進んでしまいますから、実際には700m~800mほどの余裕を見なければ確実に止まれないということになるわけです。
 その上、鉄道はレールの上を走りますから、右や左に避けることは不可能。
 従って、今回のようにぶつかるとわかっていても避けられずにぶつかってしまうものなのです。こんなこと、釈迦に説法だとお思いでしょう。ところが、そんな常識も吹き飛ばして、安易に鉄道会社の責任を問う論調がメディアには多いのです。



 運転士歴が1年であろうと30年であろうと、電車の性能は同じです。120キロで走っていれば、どんな運転士であろうとも止まるまでには600m必要になります。ベテランだから300mで止まれるかといえば、それは不可能です。第一、そんな超急制動をかけたら、こんどは車内のお客さんが飛びあがってしまい、けが人が出かねません。
 踏切の異常検知機能と列車制御を連動させて、異常を検知しているうちは必ずブレーキが作動するようにしていたらこの事故は防げたかもしれません。しかしながら、それをやっていたら今度は京浜間の輸送量を捌くだけの列車本数を確保できなくなるかもしれません。
 また、時速120キロ出していたのを異常な暴走であるかの如く報じる向きもありました。運転士が遅れを取り戻すために焦って決められた速度を逸脱し脱線したJR西日本の福知山線事故を思わせるような書き方ですが、まったく違います。京急の時速120キロは国土交通省から認可を受けた速度なのです。運転士は手順に沿った運転を叩き込まれています。速度の逸脱はしませんし、最近の電車では逸脱しようにもできないように、自動列車制御装置など二重三重の安全装置を搭載しています。

 むしろ私はこれだけの事故でありながら、トラックの運転手以外に死者が出ず、けがをした方もいずれも軽傷だったことに驚きました。
 そこには数々の「不幸中の幸い」があったのだと思います。

 第一に、京浜急行の設計思想なのですが、衝突事故が起きても脱線転覆しないように先頭車両を重く作っていた点。電車は軽い方が省エネで動かせますから、普通であれば軽く作ろうとします。しかし、モーターや制御装置など、電車を動かすための機器類は編成中のどこかに搭載する必要があります。こうした機器類はどうしても重くなるので、なるべく数を減らそうとし、なるべく分散しようとします。
 そこで、普通は床下のスペースに余裕がある中間車に機器類を詰め込むのですが、京急は前述のとおり、昔からの設計思想で先頭車両にモーターを付けていました。これにより、脱線はしても転覆することなく、45度ほど傾いたそうですが踏みとどまることができました。脱線と横への傾斜により先頭と2両目の間の貫通部分に穴が開き、ここを通って先頭車両の乗客も速やかに避難ができたのも、先頭車両が転覆しなかったからでしょう。

 そしてもう一つ、設計がモノをいったのが車両の難燃性。事故直後、大型トラックから火の手が上がり、黒煙が立ち上りました。私、正直この映像を見て死者は覚悟しなくてはいけないのかなとまで思いました。というのも、煙に巻かれて意識を失ってしまう方がでたり、あるいは車両そのものが焼けてしまった場合に、脱線し傾いた車両からの脱出は非常に困難が予想されたからです。
 しかしながら、京急の車両は地下鉄浅草線に乗り入れ可能な、高度な難燃性を備えた車両を揃えています。トンネル火災の怖さは、かつて北陸トンネルでの急行きたぐに号火災事故(30人死亡・714人負傷)以来世の中で認識されるようになり、鉄道関係者は対策を取り続けてきました。当該の快特も葛飾区の青砥駅を出発し、地下鉄浅草線を通って品川から京急に入ってきた列車でした。
 もちろん最近の電車は地下鉄乗り入れの有無にかかわらず高い難燃性を備えています。が、今回は地下鉄乗り入れ仕様のより高度な難燃性が功を奏し、車両の外側は焦げても車内まで延焼することなく避難路を確保してくれました。

 また、事故のタイミングで上り電車が付近を走行していなかったことも被害をあの規模で食い止める上では大きかったと思います。
 鉄道関係者にとって、多重衝突ほど恐ろしいものはありません。かつての三河島事故や鶴見事故といった、多数の死傷者を出した事故の多くがこの多重衝突事故。衝突により脱線、並行する線路を支障し、そこに別の列車が突っ込むことで双方の乗客が多数犠牲となりました。こうした惨事を教訓に、一度事故が起これば即座に列車防護装置が働いて付近を走る列車を緊急停止させる等の仕組みが出来ました。
 今回は脱線した先頭車が大きく傾き上り線の線路を支障しましたが、幸いその時には上り列車は手前の仲木戸駅に停車中で事なきを得ました。また、上りエアポート急行が事故直前の11:42に事故現場の神奈川新町駅を発車しており、もしこの列車が遅れていたらと考えるとゾッとします。

 さらに、踏切脇に設置されていた防音壁も大惨事を防いだと思います。現場の映像や写真を見ると、衝突したトラックはこの防音壁と車両の間に挟まれていましたが、もしこの防音壁がなければ吹き飛ばされたトラックが付近の住宅に突っ込んでいても不思議はありません。
 また、衝突した電車が脱線する過程でなぎ倒した架線柱や垂れ下がった架線が住宅の方に吹き飛んでしまうと高圧電流の危険にさらされます。ショートして火災になる危険もありました。あの防音壁がそうしたリスクから周辺住宅を守ったことも、あまり報じられていませんが指摘しておくべきことでしょう。

 こうしたことが重なって、あの規模の事故で"済んだ"というのが私の考えです。それだけの安全装置が働いて、被害を食い止めることはできました。しかし、事故を未然に防ぐには至らなかったわけです。
 その要因は、鉄道事業者側にあったのか?トラックの側にあったのか?
 誰か非常停止ボタンを押せなかったのか?踏切異常検知装置を使って防ぐ仕組みは作れなかったのか?作ったときには乗客の利便性は損なわれるかもしれないが(運行本数の減少、速達性の低下など)それでいいのか?
 運転士の経験やスピードを引き合いに出して拙速に犯人捜しをするのではなく、多角的な検証が必要だと私は思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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