2019年08月09日

根室海峡取材記

 先週金曜日の放送後から土・日と、北海道根室市に取材で出張しました。北方領土のニュースが流れるといろいろな動きは報じられますが、そこに関わる人々がどんな思いでいるのかは東京ではあまり報じられません。そこで、特にこの北方領土と接する海に関わる人々の話を伺おうと思ったのです。洋上からの北方領土視察を含め、今回の取材はずいぶん前から海上保安庁本庁や北海道を担任する第一管区海上保安本部、地元の根室海上保安部と詰めていたのですが、出張当日、北方領土に関連してこんなニュースも飛び込んできました。

<ロシアのメドベージェフ首相は2日、ロシアが実効支配する北方領土・択捉島を訪れた。メドベージェフ氏の北方領土訪問は4回目で、2015年8月以来4年ぶり。「北方領土は第二次大戦後にロシア領になった」とするロシアの主張を誇示する狙いがあるとみられる。>
        
当然、日本政府は即座に抗議しています。
<ロシアのメドベージェフ首相が北方領土の択捉島を訪問したことを受け、日本政府は2日、外交ルートを通じて強く抗議した。河野太郎外相は「日本国民の感情を傷つけるもので、極めて遺憾だ」と非難する談話を発表。領土問題をめぐりロシア側が譲歩しない姿勢を改めて示したことで、安倍晋三首相が取り組む平和条約締結交渉はさらに困難さを増しそうだ。>

 そんな緊張感もはらみながらも、今回順調に取材をすることができました。言うまでもなく北方領土は、日本の領土でありながら、先の大戦後ロシア(当時はソ連)に不法占拠されている島々で、択捉・国後・色丹・歯舞群島からなる。不法占拠はすでに74年におよんでいます。

巡視船さろま.JPG

 今回乗船したのは、巡視船さろま。この北方領土周辺海域を担当する根室海上保安部には、このさろまをはじめとして支所と合わせ7隻の巡視船が配置されています。24時間・365日いずれかの船がこの海域をパトロールをしているそうです。今回、実際に船に乗せてもらって取材をしたのですが、10人前後の乗組員たちが操船から、何かあれば捜索活動、警察権の行使、さらに日々の生活にまつわる食事の準備などなど、一人何役もこなしていました。
 また、対峙するロシアの国境警備隊の船脚が速いことから、ここには高速船が配備されています。それでも、近年の予算逼迫、緊縮財政の折、海保の予算も大盤振る舞いとはいかず、このさろまも平成元年の就役。平成から令和と時代を跨いで北の海を守ってきました。30年以上の年月が経てば、ロシア側は当然新しい船を入れてきます。もちろんこちらもメンテナンスを万全にして対処するわけですが、現場に負担がかかっている現状は否めません。航行に関わる部分は設備更新がされていますが、電気調理機のように居住性に関わる部分は新造時から30年以上使い続けているものもあります。

国後島.jpeg
野付半島沖から国後島を望む

 根室港から船を出すと、目の前には国後島が東西に横たわっています。"島"と一言で言いますが、国後島が沖縄本島の1.2倍、択捉島に至っては2.4倍という、日本最大の島でもあるのです。爺々(ちゃちゃ)岳や羅臼山といった国後島の山々は、晴れて空気が澄めば根室市内からもはっきりと見ることができます。

 それらを見ながら東に船を進めること30分あまり、歯舞群島に近づくと、いわゆる中間線が南に降りて来ます。西に納沙布岬、東に歯舞群島貝殻島を望む珸瑤瑁(ゴヨウマイ)水道です。貝殻島には昭和12年に当時の逓信省が建てた灯台があり、納沙布岬とこの貝殻島灯台の間は3.7キロしかない。まさに手の届くような近さです。その南にあるモエモシリ島、秋勇留島、勇留島、東にある水晶島なども非常に近いのです。

貝殻島灯台.jpg
珸瑤瑁水道から貝殻島灯台を望む

 そして、この3.7キロの中間に、いわゆる中間ラインが引かれていて、ここから歯舞群島側に日本の船が行くと拿捕の危険が高まります。一方で、この辺りの海域は非常に豊かな漁場でもあり、歴史的にも日本の漁師たちが魚を獲ってきた海域でもある。過去にはロシアの国境警備隊による日本漁船の拿捕、船員の拘束、船舶の没収も相次いだ海域です。拿捕や拘束のみならず、ロシアの国境警備隊からの銃撃で日本人が命を落としたという事件もありました。(吉進丸事件)遠い過去の話ではありません。今からわずか13年前、2006年の出来事です。ことほど左様に、「一歩間違えば」という緊張感を孕む海なのです。

小田嶋北方館館長.jpeg
北方館の前で小田嶋館長にインタビューする筆者

 さて、この珸瑤瑁水道を望む納沙布岬には、北方領土の早期復帰を願う様々なモニュメントや、島での暮らしや今までの運動の足跡をたどることができる施設があります。その一つ、北方館の小田嶋館長に、北方領土を望みながら話を伺うと、歴史的にソ連、ロシアと地元の漁業者が対峙してきたことを紹介した上で、海上保安庁の船がいる安心感を話してくださいました。
 海保はこの海域を含め、被拿捕防止と不測の事態の防止、起きてしまったときには極小化に努めています。乗船した巡視船さろまに勤務する海保職員に聞くと、
「自分達は特別なことはなにもしていない。日々求められる任務を確実に行うことで、漁業者の方々が安心して漁をできれば」
と話してくれました。一見平和に見えるこの海は、そうした日々の地道な安全指導で維持されているのだ

 現在は、春先と秋にこの貝殻島灯台周辺で行う昆布漁と、安全操業という2つのスキームのみ、入漁料を支払った上で協定で決められた量に限って、北方領土周辺で日本の漁船が操業できます。根室市花咲港の野坂さんに話を聞くと、固有の領土、領海での漁業でありながら、残念ながらそこには様々な窮屈さがあると明かしてくれました。

 貝殻島灯台付近で行われる昆布漁は、前述の通り入漁料を払って許可を得た船が許可を得た量、許可を得た時間に限って操業できる仕組みです。その時間はさほど長くはありません。漁業者からすれば、到着したら即座に漁を開始し、上限ギリギリまで漁をしようとします。ところが、ロシアの国境警備隊は日本の漁船(といっても昆布漁に使う船は小船のようなものですが)の周りをぐるぐると廻り、場合によっては漁船に声をかけて船内検査を始めたり、書類の提示を要求したりするようです。時間が決められているだけに、こうしたことが起こると必然的に漁をする時間が削られていきます。固有の領土、固有の領海のはずが、やはり現場では様々なプレッシャーにさらされながら操業しているようです。

コンブ漁船.jpg
コンブ漁船。協定により、船の色まで指定されている(歯舞漁港)

 それでも漁に出るのは、それが自分達の暮らしのみならず地元経済を支えているから。減ったとはいえ、根室市の漁業は水揚げ高だけでも200億円規模。周辺の加工業なども合わせるとその倍にものぼる一大産業です。

 領土問題という大きなテーマの前に、関係する現場の方々は、この海が平和な海であるよう願い、そしてそれが保たれるように地道な努力を懸命に重ねていました。北方館の小田嶋館長のスーツの襟元には、ベージュがかったブラウンのリボン型のバッジがありました。拉致問題のブルーリボンバッジの色違いです。


 「人の拉致」に対し北方領土問題は「土地の拉致」として、主権と尊厳を侵されている2つの大きな国際問題であるとの関心を相乗効果的に持ってもらいたいという願いが込められています。何よりも、我々日本国民が関心を持ち続けること。拉致問題もそうですが、それが、問題解決の後押しになり、この海を平和ならしめることなのだと思いました。

なお、この模様はCAMPFIREファンクラブ「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」のミーティングで映像交えてレポートします。有料会員制ですが、ご興味あるかたはぜひお申込みください。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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