まずはお知らせです。
3月21日日曜深夜25時半から(月曜午前1時半)
『インタビュー・アロング・バケーション 大滝詠一
「A LONG VACATION」ができるまで』を担当します。
作詞家の松本隆さん、DJ小林克也さん、ずっと大滝さんを応援し続けたフジパシフィックミュージック会長の朝妻一郎さん、「ロンバケ」のディレクターだった白川隆三さんという大滝さんと当時濃密な時間を過ごされた方々にお話を伺っていました。
ラジコなどを駆使して是非に!
さて、3月11日の夜に放送された「オールナイトニッポンGOLD~東日本大震災から10年を迎えて~」の22時冒頭に電話でご出演いただいたのは元ラジオ福島アナウンサーの大和田新さんでした。
震災から3週間後に仙台と塩釜を取材し、余震で時折グラグラと揺れる東北放送のスタジオからニッポン放送へ向けて昼の生放送を送りました。
その帰り道、地震の影響でまだ波打っている個所がそこここにあった東北自動車道を福島まで南下した時に聴いたのが大和田さんの番組でした。
当時は大手メディアが福島から撤退するという事態が起こる最中です。
大和田さんは「あなたも福島を出てしまうのかというメールが届いています。確かに私は横須賀出身ですが、しかし今は私は身も心も福島県人だと思っています。ですから私は福島の皆さんのためにこれからもずっとマイクの前に立たせていただきます」という言葉から始まった番組は、たかだか数日東北に入り見たもの聴いたことの整理がつかないままでいた私を鼓舞して下さるような「魂の放送」でした。
この10年に渡り精力的に取材を続けた大和田さんからご著書を送っていただきました。

「新・大和田ノート」(福島民報社刊)は399ページの力作ですが私は一気に読み、大和田さんに感想をお送りしたところ大和田さんからFacebookに載せたいとご連絡をいただきました。
私信ではありますが私も本の紹介という事で「ラジオの人」にも一部掲載いたします。
大和田様
「続・大和田ノート」拝読させていただきました。
ラジオに携わる人間がやらなければならない事、
やろうと思えばやれた事を大和田さんから突き付けられた気持ちで拝読いたしました。
南相馬の上野さんと川内村の村長とそして東電の福島復興本社の方を、
同じ空間に迎えて話を聞くことができるのは、
大和田さんが様々な現場に足を運び多くの方の話に耳を傾けたからこそと痛感いたしました。
また「ラジオと私」で紹介されていた元放送作家志望の青年が、
ラジオから聴こえてくる大和田さんの声に心を揺さぶられるくだりでは、
大和田さんの声を聴きながら東北自動車道を南下した震災から3週間後の夜に、
私もまさにそういった状況になったことをまざまざと思い出しました。
2006年に公開された映画「ホテル・ルワンダ」を観て、
ラジオが大虐殺に大きく加担をしていたことを知りました。
以来、ラジオは良くも悪くも人の感情を煽ってしまう事を、
いつも心に留め置くようにしていました。
なんとルワンダにも大和田さんは足を運んでいることを知り、
その行動力に深い感銘を受けた次第です。
ニュースでも拝見していましたが上野さんのお嬢様が、
本当に大きくなられたことが嬉しかったです。
まさに「伝えることの大切さ」と「伝わることのすばらしさ」を、
教えていただいたご著書でした。
ありがとうございました!

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