上柳昌彦 ラジオの人

2015.09.13

関東の河川

東日本を襲った豪雨。被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

このような悲劇が起こるたびに「越水」だとか「線状降水帯」などという聞きなれない専門用語を知ることになります。

私自身も9日水曜日に続いて木曜日も雨のリポートをするとは考えていませんでした。雨雲は西から東に動いて行くものだという思い込みがあったのです。

木曜日は冠水した東武スカイツリーラインの「せんげん台駅」の様子を伝えている最中、鬼怒川の堤防決壊のニュースが次々に入って来ました。決壊場所は「せんげん台」から北東に30キロほど。

常総市の東にはかつて氾濫した小貝川があり西には利根川。さらに西に江戸川、大落古利根川の近くには「せんげん台駅」その西には元荒川、(この二つの川は下流で中川に)そして荒川へと続きます。

その他にもここに書ききれない河川や農業用水がまだまだたくさん流れています。関東平野は本当に大小膨大な数の川が流れていることを改めて知りました。
徳川家康は関ヶ原の合戦の10年前に豊臣秀吉から関東へ行けと言われます。家康や家臣は冗談じゃないと反発します。関東に来てみると広大な湿地帯が広がる光景を目の当たりにした家康は、この地を整備すれば多くの米がとれることを見抜きます。

江戸湾に流れ込んでいた利根川を銚子に流し、川の氾濫を押さえ水をコントロールして農地を作り、水運のため運河を通し江戸の街を何代もかけて作り上げます。

しかし、江戸、明治、大正、昭和、そして平成の時代になっても自然の猛威は時として牙をむきます。土地は昔の姿を忘れてはいず、川は昔の流れに戻ろうとするのだと痛感します。

今回は鬼怒川の上流に雨雲が線状降水帯としてとどまり続け、川の氾濫が起こってしまいましたが、もしこの降水帯が秩父山系にかかったら荒川が同じような状態になったかもしれません。

荒川の氾濫に関しては先日「NHKスペシャル」でも特集していましたが、国土交通省では「荒川氾濫」と題し、
https://www.youtube.com/watch?v=hE4oVRwvMf8
https://www.youtube.com/watch?v=E-N5MzJaiAg
というフィクションドキュメンタリーを制作しています。

日曜日、ジョギングついでに多摩川の調布取水堰まで行ってみました。東横線の多摩川駅の近くです。川に沿った遊歩道のフェンスに枯草が大量に巻き付いていました。ここまで水位が上がったのでしょう。

堰のコンクリートの柱にかつての増水の高さが表示されていますが、今回の水かさは1974年の狛江で起こった「岸辺のアルバム」のモデルにもなった堰の決壊の水位より1メートル低いだけでした。

つまり今回の災害は、線状降水帯が発生する場所によってどの河川で起こってもおかしくなかったと考えられます。各自治体で発表しているハザードマップをもう一度見直して、いざという時にどこに、どのような方法で避難を行うかを各々が確認しておくことが必要だと思います。残念ながら最後は自分の判断が生死を分る場面が多いようです。

「迷ったら逃げろ!でもどこに?どのようにして?」いつも考えていたいものです。