2000年生まれ、福岡県出身の24歳。三建設備工業株式会社所属。2歳のときに、手足の筋力が低下する進行性の難病「シャルコー・マリー・トゥース病」と判明。17歳のときに自力で歩くことが難しくなり、車いす生活になりました。2020年、福岡の車いすラグビーチーム「Fukuoka DANDELION」に入団。障がいの程度が重い「ローポインター」として主にディフェンス面で活躍し、2024年パリパラリンピックに出場。日本代表初の金メダル獲得に貢献しました。3年後のロスパラリンピックでは連覇を目指します。
◾️幼い頃に難病を患い、17歳のとき車いす生活になった草場選手。スポーツを始めようと思ったきっかけは?
「車いすに乗り始めて。元々スポーツをやりたいなっていう気持ちは小さい頃から持っていて。実際にパラスポーツがあるよっていう話を聞いて、見学に行ったのがきっかけで、スポーツをやってみたいと思いました」
◾️草場選手は、同じシャルコー・マリー・トゥース病の乗松聖矢選手が車いすラグビー日本代表としてプレーをしていることを耳にする。草場選手はさっそく、地元・福岡で行われた車いすラグビーの大会を観戦に行った。
「実際に知り合いの方から同じ病気の選手が世界の舞台で戦ってるよっていう話を聞いていて。自分自身もできることがあるんじゃないかなっていうところで前に進もうと思ったきっかけですね」
「実際に車いすと車いすが激しくぶつかってる姿を見て『すごいな』ってよりも『なんか危ないな』とか、車いすをこんなにぶつけたら壊れそうだから嫌だな、とか。そういう感覚になったことは覚えていますね」
◾️その後、地元の車いすラグビーチーム「Fukuoka DANDELION」に入団。
「2020年、東京パラリンピックが開催されるってことで、実際に当時もうチームメイトだった乗松選手が出場を決めていて。実際に東京パラリンピックでの活躍を見て、本格的に始めたいなっていう、大きなきっかけになったところですね」
◾️東京パラリンピック開催決定がきっかけで、本格的に車いすラグビーを始めた草場選手。いちばん大変だったことは?
「スポーツを今までやったことがなかったので、体を動かし続けるっていうところに、やっぱりきつさというか。課題があったという感じですね」
◾️草場選手が初めて出場した国際大会は?
「2022年の11月に東京で開催された渋谷カップという大会、若手の大会だったんですけど。大きな、海外の方で初めて経験させていただいたのは2023年の10月、フランスで行われた大会になります」
「正直、自分の体の大きさだったりっていうところで、これは世界で通用しないんじゃないかなっていうのがやっぱり最初に思ったことで。それはやっぱり体の大きさだったり、当たりの強さだったり、経験っていう部分は大きいと思うんですけど。当たり負けしないだったり、自分の体の大きさを活かせるプレーっていうのを考えるようになりました」
◾️2024年、パリパラリンピック直前に行われた「カナダカップ」。日本代表はこの大会で全勝優勝。パリに向けて弾みをつける大会になった。
「100パーセント全部が手応えを感じられたっていうわけではないんですけど。パリ大会に向かっていく上で、自分が少しずつ成長した姿をコート上で発揮できたのかなっていう感じですね」
やっぱり経験させていただいた上で、ゲームの流れだったり、シチュエーションごとで自分がどうすべきかっていうところを少しずつ判断できるようになったっていうところですね。
「カナダのメンバーがそのままパリパラリンピックに行く形にはなったんですけど、誰が選ばれても勝てるようなチームだったんじゃないかなっていうのは思います」
◾️初めてパラリンピックの舞台に立った草場選手。パリパラリンピックで、予選リーグを3戦全勝で突破した車いすラグビー日本代表。準決勝でオーストラリアを52対51で下し、初の決勝に進出。草場選手は同点となるトライを決め、勝利に貢献した。
「実際にトライ際でパスをもらって同点のゴールを決められたっていうところが、チームとしても個人的にも、難しいプレーの中で、今まで自分が課題にしていた『味方との絡むタイミング』だったりを合わせることができた結果、トライできたプレーになったのでとても大きかったですね」
◾️決勝戦ではスタメンに名を連ねた草場選手。勝利の瞬間はベンチで見守っていた。表彰式で、金メダルをかけてもらったときに感じたことは?
「チームの勝利、金メダルっていうところの喜びっていうのはあったんですけど、決勝戦自体は、プレー時間っていうのがもうその試合開始3、4分ぐらいだけだったので。悔やしさっていうのが、勝利の瞬間、自分自身はとても大きかったです」
「車いすラグビーを始めるって家族に話したときから、どんな選手になるかっていうのは自分自身も想像できてなかったですし。これまで関わってくださった皆さんに感謝の気持ちっていうのを、もう本当に、メダルを受け取った瞬間に感じました」
◾️草場選手が、直近で目標にしている大会は?
「来年行われる世界選手権が直近の目標であります」
「自分自身の強みっていうところを、これからどう日本チームに貢献できるようなプレーにしていくかっていうところで、つきつめていくことが大事だと思うので。がんばっていきたいです」
◾️草場選手に、車いすラグビーの魅力を聞いてみた。
「車いす同士が激しくぶつかるっていうところは、もう本当に誰が見ても衝撃っていうところはあると思うんですけど、僕たちみたいに重い障がいを持った選手がやっている競技とは思わせない、なんかすごい競技なんじゃないかなっていうのは、最近個人的に思っています」

2026.01.19
槙原淳幹(身体障がい者野球・日本代表主将)
1989年生まれ、岡山県出身の36歳。生後10カ月のときに事故で右腕が動かなくなり、左手で生活しています。小学3年生から左手だけで野球を始めると、高校時代には軟式野...

2026.01.12
大日方邦子(ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会 日本代表選手団団長)
1972年生まれ、東京都出身の53歳。3歳のときに事故で右足を切断、左足にも障がいが残りました。高校2年生でチェアスキーと出会い、日本代表として活躍。冬季パラリンピッ...

2026.01.06
増田明美(日本パラ陸上競技連盟会長)
1964年生まれ、千葉県出身の61歳。現役時代は陸上の長距離選手として活躍。1984年、初めて女子マラソンが採用されたロス・オリンピックに出場しました。1992年...

2025.12.22
吉田彩乃(パラ陸上・車いす)
2006年生まれ、横浜市出身の18歳。先天性の脳原性まひのため両脚に障がいがあり、車いすで生活しています。中学2年生から本格的に車いす陸上を始め、2023年、高校2年...

2025.12.15
森井大輝(パラアルペンスキー・座位)/村岡桃佳(パラアルペンスキー・座位)
●森井大輝選手 1980年生まれ、東京都あきる野市出身の45歳。トヨタ自動車所属。4歳からスキーを始めますが、16歳のときに事故で脊椎を損傷。その後、座って滑るチェ...