1996年、東京都江戸川区生まれの28歳。小学3年生から水泳を始めますが、目の病気で視力が低下。2017年からパラ水泳に転向し、各種目で日本記録を次々に更新しました。2019年、世界パラ水泳100m平泳ぎで銅メダルを獲得するなど、国際大会でも活躍。パラリンピックには東京、パリと2大会連続で出場し、パリでは100m自由形で、初の銅メダルを獲得しています。
◾️小学3年生のときから水泳を始めた辻内選手。しかし視力が悪化した時期、ケガが原因で水泳から一時離れていた。パラ水泳で泳ぎを再開しようと思ったきっかけは?
「高校の同級生にリオデジャネイロパラリンピックに出場した友人がいたり、やめていた期間に3つ下の妹の大会に応援に行ったりして、プールから結局完全に離れるっていうことはしてなくて。それで彼女たちの活躍を見て、私も水泳に戻りたいなって思っていたタイミングで病気が発覚して、チャレンジできるよって言ってもらったので・それでパラの方に挑戦しようと決めました」
◾️辻内選手のパラ水泳デビュー戦は、2017年6月に行われた「関東身体障がい者水泳選手権」だった。この大会で辻内選手は、50m自由形とバタフライで大会新記録をマークして優勝。その後も、日本新記録を次々と更新していった。
「記録をどんどん更新していけるっていうのはすごい楽しいところではあるんですけども、その更新していく記録が高校生までのベストタイムよりも全然遅かったので。いつかは高校生のときの自分のタイムを超えようっていう……自己ベストにまず近づこうっていうのを楽しんでました」
◾️2018年、辻内選手はパラ水泳・ワールドシリーズのヨーロッパ大会に出場。これが最初の海外遠征だった。
「世界のトップ、世界の選手と初めて泳いだのは、実質的には2017年のジャパンパラではあったんですけど、そのときは『みんな早いな』とは思ってたんですけど。さらに多くの海外の選手とその初めてのワールドシリーズで戦ったときは、若干そのパラ水泳ってものをなめてかかってた時期だったので、コテンパンにやられるわけなんですよ」
◾️2018年8月のパンパシフィックパラ水泳選手権大会でもメダルを5個獲得した辻内選手。団体リレーでは、国際大会で初めての金メダルを獲得した。
「私が第4泳者で、最後の最後でさせなくて、本当だったら2位だったリレーだったんですけど、1位のチームが失格で繰り上がりゴールドだったので。泣くほど喜んだのを今でも覚えています」
◾️辻内選手はその2か月後、2018年10月のアジアパラ競技大会で銅メダルを4個獲得。さらに2019年には、世界パラ水泳選手権の100m平泳ぎで銅メダルに輝いた。
「世界パラでの銅メダルは、その平泳ぎの前の日に、1番得意だった100メートル自由形で、決勝は最後の最後にバテて抜かされて、4位っていうすごい悔しいことが実は起こっていて。大泣きもしたし、ほんとに泳ぎたくないなっていう」
「次の日の平泳ぎも、決勝のときは4番残りで、昨日みたいに最後の最後、バテてまた順位を落としたらどうしようっていう、その不安っていうものが出てきて。個室のロッカーに引きこもって、チームのスタッフにご迷惑をかけたっていうこともあったんですけど。最後の最後にパワー全開にしていけるはずだから、その作戦でいこうっていうのでやったらメダルが取れた」
「表彰台に上がるのがワールドレベルの大会で初めてだったので、本当に嬉しかったですし、ロンドンでの開催で、日本で英会話に通ってたときの先生がロンドンにもう戻っていて、来てくれてたので、知り合いにそういう姿を見せるっていうことができて嬉しかったな、っていうふうには今でも覚えています」
◾️コロナ禍のため1年延期。2021年、無観客で行われた東京パラリンピック。辻内選手は4種目に出場。50m自由形、400m自由形、100m平泳ぎ、リレー種目に出場。自由形は50m、400mともに日本新記録だったが、最終順位は7位と8位にだった。一方、リレーは5位だった。東京パラリンピックでメダルは取れなかったが、収穫もあった。
「1週間近く毎日のようにレースがあるっていう過酷な状況でも、チームの応援だったりとか、逆にみんなから応援されたりとか、そういうことでなんとかやりきれるんだなっていうふうにも思いましたし、その中でやっぱりベストな状態を保ち続けるのがどれほど大変なことか、つらいことかっていうのがすごく身に染みた大会だったかなっていうふうには思っています」
◾️有観客で行われた、2024年のパリパラリンピック。辻内選手は4種目に出場。100m自由形決勝は序盤から接戦となり、後半2人を抜いて3位に浮上。そのままゴールして、みごと銅メダルに輝いた。
「ゴールして、競技が成立して。で、そのときはタッピングをしてもらっていたので、タッパーのコーチから『何番だよ』っていうのを教えてもらって。で、本当に信じられなくて。で、スタート台が1、2、3番は光るようになっていて、自分のスタート台が光ってて、本当にメダルなんだっていうのを実感しましたし……」
「よくその後半ぐんぐん伸びてっていうふうに言われるんですけど、後半は本当に私の強みでもあるので。自分を信じて泳ぎ切った結果がメダルだったっていう感じですね」
◾️今年4月にワールドシリーズが静岡で開催。辻内選手は予選で1分01秒53をマークして、派遣標準Aを突破。9月の世界選手権出場が内定した。
「予選から派遣Aをしっかり切るっていうのを目標にこの大会には挑んでいたので、それをしっかりクリアすることができたのも嬉しかったですし、そこでシンガポールの世界選手権の内定をいただくこともできて、今はとりあえずホッとしています」
◾️ 世界選手権とロスに向け、辻内選手に抱負を聞いてみた。
「シンガポールの世界選手権、9月に開催されるんですけど。そこでは得意の100m自由形ではしっかりメダル獲得っていうもの狙っていきたいですし、50m自由形、100m背泳ぎもにもエントリーをする予定なので、そこでもしっかりタイムと順位と、というものを狙っていけたらいいなというふうに思っています」
「で、3年後のロスに関しては、パリと同等、もしくはパリ以上の結果を残せるように、1日1日を大切にして、トレーニングしていけたらいいなっていうふうには思います」
◾️辻内選手にとって、パラ水泳の魅力とは?
「生まれつきだろうが途中からだろうが、障がいを持っている人たちが輝ける世界なんじゃないかなっていうふうにも思いますし、私みたいに進行性の病気を持ちながら競技を続けている選手もたくさんいると思うんですけど、そういう人たちが自分と向き合いながら、自分の好きなこと、やりたいことに挑戦していける世界なんじゃないかなと思います」

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