ニッポンチャレンジドアスリート

2025.07.14

高室冴綺(車いすテニス)

1995年、東京都生まれ、埼玉県川口市出身の30歳。先天性の骨の病気のため、高校生の頃から歩行が困難になり、やがて車いす生活に。高校卒業後に車いすテニスを始め、2017年から本格的に国際大会にも出場。世界ランキングを上げ、パラリンピックには東京・パリと2大会連続で出場しました。4大大会にも出場を果たし、3年後のロスパラリンピックではメダルを狙います。

◾️高校生の頃から歩行が困難になった高室選手は車いすで生活するようになり、しばらくふさぎ込んでいたが、高校卒業後、転機が訪れる。

「電車1つ乗るでも結構邪魔だなみたいな。言われてしまったり、態度取られてしまったりっていうのがあって、どんどんどんどん家の中から出られないような状況が続いていたんですけど、それを心配した母に『ちょっとランチ食べに行こうよ』みたいな感じで誘われて行ったら、代々木体育館のイベントで車いすテニスの体験会をやっていて、初めてパラスポーツを知って。車いすでもスポーツができるということを初めて知りました」

◾️高室選手はそこで初めて車いすテニスを体験した。

「みんなやっぱり褒め上手なので『センスあるよ』みたいな感じで言われて、私も結構単純な性格しているので『できちゃうかもしれないな』『ちょっと私うまくなっちゃうかもしれないな』みたいな感じに思って、ちょっとやってみようかなって。土日ぐらいでもそうやって外に出てテニスをやるっていうのもいいかもなっていう風に思いました」

◾️東京・十条の障がい者スポーツセンターに通い始めた高室選手。着実にレベルを上げ、2017年には日本代表の強化指定選手に選ばれた。

「最初の3年とか4年はほんとに楽しくって、もうほんとに辞めるとかは全然思ってなかったんですけど。やっぱり東京パラリンピックを目前というか、現実味が出てきたときに、どうしても勝てない時期が続いていたのもあって。あまり大会にも練習にも身が入らない、さらに負けるっていう感じで。ちょっと『もうダメなのかもしれないな』っていう風に思った時期はありました」

「勝つと嬉しいんですよね、なので結局、今の今までずっとずるずるとやっています」

◾️高室選手は現在、障がい者雇用の総合コンサルティングサービスを手掛ける株式会社スタートラインに所属している。競技に専念したことで、2017年から日本代表の強化指定選手に選ばれ、本格的に国際大会にも出場するようになった。

「最初に練習をしていた東京都障がい者スポーツセンターのみんなから『お前は絶対、世界狙えるよ』『絶対パラも行けるよ』っていう感じで言われていたので『そうかもしれないな、行けるかもしれないな』『行けるわ!』っていう風に思ったのが、最初に自信というか、周りが結構言ってくれていたっていうのがあったから、自信につながったのかなとは思います」

◾️2020年6月、世界ランキングによって東京パラリンピック出場が内定。コロナ禍で大会が1年延期されたが、正式に出場が決まったときの心境は?

「まずその大会がやれるっていうのにまず嬉しかったですし、せっかく東京でやるので、やっぱりすごく出たい気持ちも大きかったので、決まって出場できるってなって、すごく嬉しかったです」

◾️2021年、無観客で開催された東京パラリンピック。初めて経験した大舞台。東京大会は、シングルスが17位。ダブルスが5位だった。

「結果的にシングルスは1つも勝てなくて終わって、ダブルスはシードだったから5位ということだったので。正直すごい、大会前の目標と実際の結果とだいぶ違った、なかなか自分のプレーを思うようにできなかった、というのは、自分の中でもとっても残念な気持ちになりました」

「一番大きかったものとしては、本当に悔しい思いをしたなという気持ちです。出るまでがすごい大変だった部分もあるので、出ただけで若干満足してた部分があったんじゃないかなっていう風に思って。出ただけではダメ、やはり結果を残していかないといけない、っていうのはすごい強く思いました」

◾️2024年、高室選手にとって2度目のパラリンピックとなったパリ大会。シングルス2回戦でコロンビアの選手に敗退、9位で大会を終えた。一方ダブルスでは、大谷桃子選手とのペアで1回戦を突破した高室選手。準々決勝は、銀メダルを獲得したオランダのペアに敗れて5位に終わったが、収穫はあった。

「まず第一に度胸がついたなっていうのは思います。格上の選手が相手でも、パラリンピックという舞台で自分の力を出し切れたっていうのは、正直、成長を自分自身に感じましたし『自分でもやれるんだ』っていう度胸がついたなっていうのは収穫としてあります」

◾️高室選手は今年5月車いすテニスの国別対抗団体戦「ワールドチームカップ」に女子日本代表のメンバーとして出場。準優勝だった。

「ワールドチームカップに出ていても、3番手とか4番手とかで、あまり試合に出る機会がないポジションにいることの方が多くて。で、今回2番手で出させてもらって、成績に貢献をさせていただいたなっていうのはすごいあるんですけど、やはり最後のオランダ戦でシングルスだけではなくダブルスも勝ち切れなかったということは、やはりすごく悔しいという風に思いましたし……」

「試合に向けて上地選手から色々アドバイスもらったりとか、田中選手としゃべってこういう相手とにはどうしたらいいよね、みたいなことを相談させてもらったりとかしての結果だったので。自分がまだ勝ち切れない場所にいるんだなっていうのをすごい痛感しましたし、悔しいなっていう風にすごい思いました」

◾️3年後のロスパラリンピックに向け、高室選手はどんな課題に取り組んでいるのだろうか?

「ロスに向けてというところでは、ランキングをアップさせていくというのを目標にしていて。何か1つ自分が自信の持てる秀でたものを、自信があるものを作る、というのを今すごい取り組んでいます」

「大阪の靱のテニスコートで、10月の17日から開催の木下グループジャパンオープンに私も出場の予定をしています。ここに来ると私だけではなく、本当に世界のトップ選手のプレーが見られるので、ぜひ見に来てください」

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