1990年生まれ、島根県出雲市出身の34歳。小学3年生のときに髄膜脳炎を患い、体幹機能と右手・右足に障がいが残りました。2019年にパラクライミングを始め、ワールドカップでは2022年に銅メダル、2023年には銀メダル、銅メダルを獲得。世界選手権では2023年、初の銅メダルに輝き、世界で注目を浴びる存在になりました。2028年ロスパラリンピックの追加競技に選ばれたパラクライミングでメダル獲得を目指します。
◾️大人になるまで、スポーツ経験はほとんどなかったという岡田選手。2019年、29歳のときにパラクライミングを始めた。
「もともとスポーツは特にやってなかったんですけど、スポーツやりたいやりたいとずっと思っていて。いろんな所の講習とか行っていた中で、当時、パラクライミングの選手のトレーナーをやっていた方にお会いして。たまたま近くにクライミングジムがあったので、せっかくだったら、もう20代もうすぐ終わりだし『20代のうちにやっておこう』と思ってやりました」
◾️岡田選手が初めて出場した国際大会は?
「初めて出た国際大会は、2021年のモスクワで行われた世界選手権になるんですけど、ちょうどコロナ禍で出るのも大変、っていう時期だったんですけど。その時はまだアスリート契約ではなくって、事務職をしていたので、普通に実費で行きました」
「その時の世界選手権の時の結果は、一応、順位としては9位だったんですけど、そのときは今のRP1というクラスではなくて、障がいの程度が若干軽い。RP2で出場っていうことになりました」
「クラスが変わったっていうのは、予選の予選を登ってその結果を見て、そのクラス分けした人に予選が全部終わってから『じゃあ今度からRP1で出て』と言われました」
◾️2021年、世界選手権に出場した後、岡田選手は目覚ましい飛躍を遂げた。
「トレーニングとしては、特には変化はなく、若干思考を変えただけですかね。そのモスクワでの世界選手権が終わってからは、1回、RP1のクラスの人の登りを見ようと思って、Youtubeで過去の大会の映像を見て『この選手よりも登れるようにするにはどうすればいいか』という風に考えて。そこでデータを練習にフィードバックをさせたという感じですね」
「自分の場合はここまでは、ほぼほぼ独学できましたね」
◾️岡田選手が初めて国際大会でメダルを獲得したのは、2022年、ワールドカップでの銅メダルだった。
「最初メダル取ったときは、競技が終わって、みんなのところに行くまでは自分の順位とか全然わからなくて。日本選手がいるところに戻ろうと思って歩いていたら、途中でほかの選手の人に『メダル決まったよ』って言われて『あ、決まったんですね』みたいな感じで」
「決まったよ、と言われて、確か水ぶっかけられたんで。ただただ嬉しくっていう感動に浸る暇もなく『やられた!』みたいな感じでしたね」
◾️2023年もワールドカップで銅メダル、銀メダルを獲得。さらにスイスのベルンで行われた世界選手権では、粘り強い登りで銅メダルを獲得した。
「国際大会の雰囲気に、徐々に慣れてきたっていう感じですね。そのときに、多分つかんだというよりか、確かにもともとの技量は若干はあったけど、練習しているところの壁と、やっぱり国際大会の壁は全然違ったので。そこのすり合わせがだんだんとできてきたっていう感じですね」
◾️ロスに向け、岡田選手の現在のトレーニング環境は?
「今の練習拠点は一応、大阪なんですけど。外資系の企業で日本法人のラボコープ・ラボラトリーズ・ジャパンというところに。本社は東京なんですけど、2022年の1月からお世話になっております」
「きっかけとしては、アスリート雇用で転職考えていて。ラボコープ・ラボラトリーズ・ジャパンがアスリート雇用の募集をしていて。条件もアスリート活動専念でいいよ、という条件で募集していたので、じゃあお願いします、っていう風に応募して。で、決まったっていう感じですね」
◾️岡田選手の今後の予定は?
「きっちりとした成績を残して、また日本代表に選んでいただいて。その後に5月、6月、10月とワールドカップがあるので。そこでも去年がちょっと全大会4位っていう、表彰台に1歩及ばず、という順位だったので。今年のワールドカップではもうちょっと成績を良くしたいな、というのと……」
「あとは、今年は2年に1回開催される世界選手権が、9月にソウルで行われるので、その大会を目標に、今トレーニングしている最中ですね」
◾️岡田選手に、アスリートとして、これからの目標を聞いてみた。
「金メダル取りたいよね、っていうところがあって」
「あとは、せっかくやるんなら長くやりたいなと思っていて。多分、長くやるんなら第一線で、ずっと『この選手強いよね』って思われるようなところでやっていきたいなと思っています」
◾️岡田選手にとって、パラクライミングの魅力とは?
「自由なところと、あと多様性があるところ。どういう障がいがあっても登れるもんだし、健常者で60代のかたとかも結構登ったりもされているので『いろんなかたがクライミングできるな』と思ってます」

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