1994年生まれ、東京都出身の30歳。中学から大学まで、ハンドボールの選手として活躍しましたが、20歳のときに事故にあい、右手と左足に障がいを負いました。21歳のときに車いすハンドボールに出会い、本格的に競技を始めて日本代表に。22歳から並行して車いすバスケットボールにも取り組み、2023年度には強化指定選手に選ばれるなど“二刀流”で活躍しています。
■もともとスポーツが大好きだった諸岡選手。ハンドボールにのめり込んだきっかけは?
「母親がハンドボールをやっていたこともありまして、中学からハンドボールを始めたんですけれども、コンタクトスポーツっていうところにすごく楽しさを感じて、始めからこの競技面白いなと思ってやり始めました」
■諸岡選手は高校3年生のときインターハイに出場。大学もハンドボールの強豪校に進んだが、2年生のときに事故にあって集中治療室に3ヵ月も入る重傷を負い、重い障がいが残った。そんな状況で、再びスポーツを始めようと思ったきっかけは?
「やっぱり僕は小さい頃からずっとスポーツをやっていたっていうこともありまして、スポーツから離れるっていう選択肢はもう僕の中ではなかったので」
「最初は車いすバスケットボールですね。ちょっと理由があって、ハンドボールは(練習場所が)距離が遠いというところもありまして、近くにあるバスケットボールのチームに行き始めたのがきっかけです」
■可能なら、ハンドボールもやってみたいと思っていた諸岡選手。車いすハンドボールのチームがあることがわかった。
「知った時はもうすぐにやりたいと思ったんですけど、どこでやってるのかとか、知り合いもいなくて、なかなか行くにはハードルが高いなというふうには思ってました」
「部活の先輩だった人がネットで調べてくださって。それで初めて宮城にある宮城フェニックスっていうチームに行かせていただきました」
■そのうち、車いすでのプレーにも慣れていった諸岡選手。競技を始めて1年目で、全国大会優勝を経験する。
「僕は日本代表とかを、健常者のときは目指せるような選手ではなかったので。日本一になるっていうようなところに、すごく憧れというか……僕はこの競技でもしかしたら何か成果を残せるんじゃないかっていう風な、ちょっと希望が見えたのが1つありました」
■諸岡選手はその後、現在所属するチーム「Knocku」の創立に関わり、選手として参加する。
「今所属してるチームの代表をやっている人が、僕がハンドボールをやっていた頃からの知り合いでして。で、車椅子バスケのマネージャーもやっていたりとかもしていて。そこの繋がりで、その人に『良かったら一緒にやらないか』という風に声をかけて今のチームができました」
■車いすハンドボールは、最近になって、待望の日本代表が結成された。
「選考会自体はずっと今年に入ってから行われていて。そもそも日本代表っていうものが今までなかったというところもあって、本当に1から作り上げているようなチームだと思うんですけど。選考自体はまだ行われていて、結果発表はまだなんですけれども。すごくこう、レベルの高いメンバーになっていると思います」
■2024年10月、国際ハンドボール連盟が主催する「第2回世界選手権」がエジプトのカイロで行われる。日本は今回が初出場。諸岡選手も日本代表の1人として出場する。
「今回、日本代表の目標が『世界一になる』というようなところがありまして。僕自身も、世界の……もちろん動画でしか見たことはないんですけれども、世界の選手たちを見ると、日本のレベルっていうのはかなり高いなという風に感じているので。そこでやっぱりこう『今回の初出場で初優勝』というところを目標に頑張っていきたいなという風に思います」
■車いすハンドボールを始める前に、車いすバスケットボールに取り組んでいた諸岡選手。こちらでも実力を発揮していった。
「本当に車椅子のバスケットボールは全く僕の中ではやったこともないし、最初は本当にちょっとやってみようかなぐらいの気持ちだったので、シュートも最初は近くからだったんですけど入って……『結構簡単なスポーツだな』と思ってはいましたが、実際やってみるとかなり難しくて」
「特に練習だったり試合で、その強度でやってみると、もう本当に全く歯が立たなくて。なんかそれが逆に僕の中で1つ、スイッチが入ったきっかけというか。『このスポーツで絶対この人たちよりうまくなるぞ!』と思ったのがきっかけです。
■諸岡選手は、車いすバスケットボールでも2023年度の強化指定選手に選ばれた。
「2023年度は、次世代カテゴリーっていう名目で強化指定選手に選んでいただいたんですけれども。 2024年度は 強化指定選手から落ちてしまったので、またそこに戻れるように頑張ってるような状況です」
「本当に日本は選手のレベルはもう本当にすごく高いので、合宿に行くことで僕の現在地であったりとか、 何が足りないかっていうのは、こう実感できる場所ではありましたね。すごくいい刺激になっています」
「車椅子のバスケットボールでもハンドボールでも、両方で日本代表になるっていうところが僕の中での目標です」
■アスリートとして、諸岡選手のこれからの夢は?
「まずは本当に日本代表になるというところと、今回のハンドボールでも世界一になるというところが一応目標ではあるんですけれども。その後というところでいくと、車いすのハンドボール、バスケットボールの普及っていうところをもっとやっていきたいなという風に思っていて。いずれはこう観客がいっぱい入って、いっぱい応援してもらえるようなスポーツにしていくための基礎を作っている段階かな、という風に思うので、 そこの力になれるのが僕の目標というか夢というか」
「車いすになってしまった若い選手であったりとか、あと、車いすでハンドボール、車いすバスケットボールをやってみたいっていう風に言ってくださる方に対しては、積極的に練習場所の確保であったりとか、練習に参加するように促してみたりとかっていうようなところをやらせていただいているのと、あとは、見込みのある選手とかをぜひうちのチームにおいでよ、っていうような感じで声をかけたりとかを積極的にやらせていただいています」

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