1995年、阪神・淡路大震災で被災し、自宅が半壊したため、1997年から、現在住む鳥取県米子市に移住しました。その後、先天性の病気で下半身がまひして車いす生活になりましたが、40歳からパラ陸上・砲丸投げを始め、日本記録を樹立。東京パラリンピックを目指しました。しかし事故で肩を負傷したため、ボート競技のパラローイングに転向して、去年10月のアジアパラ競技大会で銅メダルを獲得。今年4月、パリパラリンピック出場内定を勝ち取りました。
■35歳のときに完全に下半身がまひし、40歳で新たに砲丸投げを始めた森選手。リハビリ生活がきっかけだった。
「最初の24歳の時の手術の後にリハビリでウエイトトレーニングをやり始めたのがきっかけで、ウエイトトレーニングっていうのはそこからずっと結構やってきたんですね。 とにかく家ででもできるトレーニングはずっとしてきたので、何のスポーツをやっていいかまず分からなくて」
「県の障害者スポーツ協会の方に連絡をしたら『障害者スポーツ大会という全国大会の予選があるので出てみませんか?』と言われて、そこの担当者が競技を選んでくれて、そこで投てきっていうことになって。それで初めて投てきをすることになりました」
■森選手は、競技を始めて1年足らずで、鳥取市で行われた日本パラ陸上競技選手権大会に出場。いきなり8m34cmの日本記録をマークして優勝した。
「なかなか最初は8mっていうのは超えなかったんですけど、いろんな人にそれこそサポートしてもらって、教えてもらいながらやったら、大会ギリギリまでなかなか8mを滅多に超えなかったのが、大会でしっかりと越して。 本当、まだこの頃は何もあまりわからずにやって、日本記録が出たっていうような感じでした」
■リオパラリンピックには出られなかったが、次の東京パラリンピックに向けてどう気持ちを切り替えていったのだろうか?
「京都にトレーニングセンターがあるんですけど、そこに個人的に合宿に行って、練習に取り組んでいきました」
■東京パラリンピックを目指す中で、練習中に投てきに最も重要な右肩を負傷し、砲丸投げができなくなった森選手。それでも東京パラリンピックには出たいと、新たにボート競技のパラローイングを始めた。
「自分で入院中に色々調べて、やっぱり投てき競技に戻るというのは結構絶望的なんだなっていうのまではわかって。ドクターからもそういう答えが返ってきたので、色々思い返してた時に、怪我をする前ぐらいに、ちょうどたまたま体験会というのがこの近くでありまして」
「初めて船に乗って沖に出たときの気持ち良さっていうのがすごく忘れられなくて。パラローイングならどうなのかな、と思って、それでドクターに聞いて。肩から下で動かす分にはまだ、無理さえしなければできる、ということで、それですぐに、じゃあパラローイングをしてみようと思って。インターネットでパラローイングの陸上での練習用の器具を買いました」
■パラローイングに転向して間もない2023年の10月、森選手はアジアパラ競技大会で銅メダルを獲得する。
「アジアパラ競技大会は、転向して約2年。もうここに出てくる選手っていうのはもう大体知っていたので。ちょっと例外的に中国の選手が急に出てきたんですけど、絶対メダルは取らないとダメだなと思って挑みました」
「ここに向けてというか、本来はこのパリパラに向けてだったんですけど、そこの途中でアジアパラがあったので、ここではメダルを取るっていうのを一昨年ぐらいからもうしっかり、この段階ではここまで、っていうのを色々コーチとしっかり決めてきたので。もうその通りにまずしっかりと練習も積み重ねられたので、取れたんだなとは思っています」
■今年4月に韓国で行われた、パリパラリンピックのアジア・オセアニア最終予選。決勝のレース、9分40秒52のタイムで2位に終わった森選手。この時点でパリ行きの夢はいったんついえた。レース後の心境は?
「絶対にここは勝つつもりで行っていたので。終わったとき、自分の中ではとにかく最後の追い上げもしっかりできて、レース的にはプランは間違っていたんですけど、しっかりとしたレースでも完敗だったなとは思いました」
■しかし、カザフスタンの選手のボートと体を固定するベルトにルール違反があったことがレース後に判明して失格に。森選手の順位が繰り上がって、パリ出場権を獲得した。報せを聞いたときの心境は?
「これを聞いた時がちょうどもう帰国する前の、空港に向かうバスの中で聞いたんですけど。聞いた瞬間すごく嬉しかったのと、実はこの2、3日は全く寝れていない状態が続いたので、嬉しくて安心したのかもうすぐ寝てしまいました」
「バスの中で、他の国の選手もそれを聞いて一緒に喜んでくれて。すごく嬉しかったですね」
■パリパラリンピックに向けての抱負は?
「このパラリンピックに向けてなんですけど、ここまで来るにも結構怪我が多くて。ここに向けてはもう必ずいい体、いいコンディションで臨んで。それに伴って成績もついてくるかなと思います。なので、しっかりとした漕ぎをやっぱりみんなに見てもらいたいなと思います」
■アスリートとして、これからの夢を森選手に聞いてみた。
「やっぱりしっかりこういったパラリンピックに出て、しっかり活躍して、そこを見てもらって。こんな競技をやってみたいなと人に思われるような漕ぎを見せたいなと思っています」
「今お世話になっているこのパラローイングもそうなんですけど、それ以前にお世話になっていたパラ陸上もそうなんですけど、広めたいですね。いろんな人に教えられるような選手にもなりたいなと思っています」

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