1992年、福岡県生まれ、東京育ちの32歳。子どもの頃からサッカー観戦が好きでしたが、18歳のときに事故に遭い車いす生活に。大学卒業後、2016年にボランティアスタッフとして日本ブラインドサッカー協会に関わり始めました。2017年に契約職員として協会入り。2021年、正職員となり、現在は日本代表の試合や、LIGA-i(リーガ・アイ)の試合など、協会が主催する試合の運営を統括する運営委員長を務めています。
■宮島さんは18歳のとき事故にあった後も、車いす席で大好きなサッカー観戦を続けたが、だんだん観戦が楽しめなくなっていった。そんなモヤモヤを抱えていたときに、宮島さんはJBFA、日本ブラインドサッカー協会のボランティアに応募する。そのきっかけは?
「JBFAのボランティアに応募したきっかけが、自分が2016年の3月に大学を卒業して、その後どういうところに行こうかなと考えたときに、障がい者のスポーツ観戦の環境についての研究を大学院でしてみたいな、と思って、大学院に行く手段であったりとかルートをいろいろ探していた時期になります。で、その時にJBFAが障がい者の観戦環境ですね・・・特に視覚障がい者のところになりますが、障がい者の観戦環境について、国際大会で取り組みをしているっていうような記事を見つけたので『自分もこういうことやってみたいな』と思って応募しました」
■宮島さんが最初に運営に関わった大会は?
「2016年の6月に行われたアクサブレイブカップが、初めてボランティアとして関わった大会運営になります。そのときは、最初ここに関わってみたいなってきっかけになったリレーションセンターですね、障がい者の観戦環境を良くしていこう、というような取り組みのところを担当していました」
「その後ボランティアでは1年半ぐらいJBFAには関わってるんですけど、大会の経験が増すたびに、受付とかリレーションセンターとかブースとかっていったような、直接的な競技のところではないところのほとんどを担わせていただいてたかな、っていうような記憶をしています」
「それまでは大会運営をしたっていう経験は全くなかったです。大会運営をいきなりやってできるものかと言われると、最初は自分の中でもてんやわんやしながらやっていたかなとは思っています」
■JBFAのボランティアを始めたあと、2017年夏から大学院生になった宮島さん。院生になってからも契約職員として仕事を続けた。
「2018年の3月にワールドグランプリという大きいブラインドサッカーの大会を日本で開催する、っていうことが決まっていて。今思えば、JBFAの方でも人員が必要であったりとか、というのもあったので、声を掛けていただいて『じゃあやってみよう』ということで、入職をしました」
■経験を積んだ宮島さん。現在は新たな提案も行うようになり、実現したものもある。
「大会運営に携わって・・・2017年から携わると、もう7年目ぐらいにはなるかなと思いますけど。この7年間で自分の中でも大きく変えられたかな、と思うのは、何かイベントの何か新しいコンテンツを作りました、というよりは、そこに携わるスタッフの稼働時間であったりとか、どうやって休みが取れるようになるか、とか、どう効率的に準備できるのか、みたいなところを、この7年間かけて、自分が変えたられたところなのかなとは思っています」
「効率を良くした、という言葉にしてしまうと一言になってしまうんですけど。やるべきことはやる、そしてやらなくてもいいことはやらない、みたいな決断が、.なかなかやっぱりできなかったんですけど。そういうことを1つずつ取捨選択するとか・・・をしていけたかなと思っています」
■2022年、日本ブラインドサッカー協会は「LIGA-i」という、国内リーグ戦を立ち上げた。どんなリーグなのだろうか?
「『LIGA-i』は2022年に新しく立ち上げて、我々トップリーグと呼んでおります。ブラインドサッカーのクラブチームが今、全国に30チームありますが、多種多様で競技志向のチームもいますし、そうではなくて、一方で、もう少し趣味的な形でやっていきたい、っていうようなチームもいます。これらのチームが混在しているというのがブラインドサッカーの良さでもあるとは思っていますが、例えばこれらのチームを1つの大会に集約しているので10対0とか15対0とかいうような試合が頻発していました」
「・・・というのに加えて、競技レベルの差がやっぱ大きいと怪我のリスクが高まるとかもありました。なので、割と競技をしっかりやりたいチーム向けの大会と、そうではない大会というのを作ろうということで。実は構想は2015年ぐらいからあったんですけど、2022年に立ち上げることができた、というような理由になります」
■去年の暮れに行われた「LIGA-i」の最終節には、その日に優勝が決まることもあって、会場には大勢の観客が詰めかけた。
「12月に行ったのが第3節になって、500人強の方が観戦に来ていただいて。非常にありがたいなと思っておりました」
「ほんとに細かいところなんですけど、2023に関して言うと、第3節の試合を 2試合行うんですけど、どちらの試合を先にするか後にするか、みたいなのを第2節が終わるまで決めてなかったんですね。というのは、優勝が決まる可能性のあるチームを、最後の2試合目に持っていった方がより興行性を増すだろう、と。そういうような形で少しずつ改善ができていたかなと思っております」
「お客さんについても500人強のお客さん来ていただいて、非常にいい雰囲気でありがたかったなと思っております。来年へのチャレンジで言えば、まだまだ座席が空いていた部分もあったりしたので、しっかり集客していければなと思っております」
■宮島さんが今後「LIGA-i」でやってみたい企画は?
「やっぱりクラブチームを応援する、みたいなコンテンツであったりとか、企画であったりというのをやりたいですね。応援のスタイルを主催者側から仕掛けていく、というのも1つなのかもしれないです」
■去年の11月にブラインドサッカー男子日本代表が初めて自力でパリパラリンピックへの出場権を獲得。これは「LIGA-i」にとっても嬉しいニュースになった。
「『LIGA-i』の目的にも代表を強化する、日本代表を強化するという目的が入っていて。どこまでそれが実際に貢献できたかっていうのはわからないですけど、出場権を獲得したという1つの結果を代表チームが作ってくれたっていうのは、非常に僕としても嬉しかったニュースです」
「今、男子の日本代表は世界ランクで言うと3位に位置づけているんで、世界ランクの上位の国ともしっかり対等に戦えるまでの力はついてると思うので。最後、より上の国を追い抜いて、いい色のメダルとってきてほしいなと思っています」
■宮島さんにとって、ブラインドサッカーの魅力とは?
「7年携わらせていただいておりますが、やっぱりいろんなチャレンジができるとか、いろんなトライができる。いろんな思いであったりとか、いろんな考え方を受け入れられるというのが、ブラインドサッカーの魅力になるかなと思っています」
「そして、試合で1つシュート打てたとか、ボールに1回触れたみたいな、本当に些細なことが自信になって、その後の選手にいい影響を及ぼしていけるというのが、このスポーツの魅力であるし、可能性であると考えています」

2026.03.02
鈴木貴晶(身体障がい者野球日本代表)
1988年生まれ、千葉県出身の37歳。2021年に仕事中の事故で、左手の指を4本失いました。入院中に「身体障がい者野球」の存在を知り、2023年、千葉ドリームスターに...

2026.02.23
大岩根正隆(パラスノーボード日本代表)
1980年生まれ、東京都出身の45歳。17歳のときに事故で右腕を切断、21歳でスノーボードと出会い、健常の選手のなかで左腕だけで競技生活を続けました。一度引退しますが...

2026.02.16
後田吹雪(パラスノーボード日本代表)
1994年生まれ、兵庫県出身の31歳。2017年、現場作業中の事故で左足を切断、義足でスノーボードを始め、2021年「第7回全国障がい者スノーボード選手権」で初優勝...

2026.02.09
緋田高大(車いすバスケットボール)
1995年生まれ、大阪府出身の30歳。千葉ホークス所属。3歳のときに事故にあい、車いす生活に。小学生から車いすバスケットボールを始め、高校時代はU23日本代表に選出。...

2026.02.02
三澤英司(パラアイスホッケー日本代表)
1973年生まれ、東京都立川市出身の52歳。北海道ベアーズ所属。17歳のときに悪性腫瘍のため右脚の股関節から切断。大学卒業後にパラアイスホッケーを始め、1998年、長...