高田文夫のおもひでコロコロ

2025.10.24

第144回『ミスターFOREVER』

とうとうお別れである。
徳光さんは「ミスター寄席」をやってくれますが、本当のお別れの案内状が届いた。東京ドームである。
色んな書類も ていねいに入っていて これは行かねばと思ったら――。
東京ドーム11月21日(金)式典は10時半頃から――クゥ~~ッ「ラジオビバリー昼ズ」と丸かぶり。
ミスターを思い 目の前には松村と磯山。
ありがとうミスター。
FOREVERである。

 

またしてもマキタスポーツから大きなマイタケが家に届いた(味はバツグン)。
マキタの心配した二拠点生活のくらしも慣れたようで 地域の人達にも警戒されなくなったらしい。
山梨県は丹波山村である。

役者としてもマイタケ同様いい味が出てきたマキタ、脇だけ固めてりゃ一生喰っていけるな。ピラニア軍団とかまだあれば入れたかったなあ。
BSの12で古い日活映画をやるのだが あの中に放り込んで宍戸錠からぶっとばされるのを見たかったなぁ。
錠さんは日芸のオレの先輩。親しくジャレあったりした。エースのジョーも永遠だ。

昔からこの業界に居る私から見れば いつまでたっても若手のイメージだが 実際の話 今や みごとな中堅(60才前後)が爆笑問題、松村ら充実のこの数年。
「ビバリー」の私の日にゲストでやってくる人達も 思えば皆なそう。


充実の東京笑芸界である。
21日には御大 萩本欽一が来てくれた。東MAXが手なれた対応。

出版社の連中が送ってくれたり、著者から渡されたり、本屋でみつけたりして本が様々。
ここでみつけて興味のあるものがあったら是非共 書店で買ってみてほしい。
出版社も書店も著者も みんなまだまだ食べていけるように。活字文化FOREVERだ。
ラジオもよろしくネ。

ケンタに恋人が居たのは知っていた。その恋人が書いた  きっと最後のラブレター。
そのケンタをいち早く認めたのは石原慎太郎だった。

 

 

大復活ヒロシ。
モグライダ―の芝の本。半分は写真集。うっとりしろとでも云うのか。

 

昭和の謎と闇を書いたら この人がブッチギリの面白さだな。
送られて来た初めてみる著者名だったが 古くの私の高座などに接している。

昭和のものがいっぱい出ている。

 

写真で見る占領下も続々。
AIではないカラーフィルムが素晴らしい。
思わず息を呑む。越路吹雪、三木のり平らの舞台写真も収められている。
カラーフィルムコレクター衣川太一氏による力作である。

 

表紙の写真で思わず買っちゃったBRUTUS

10月24日

 

高田文夫

  • ビバリーHP導線
筆者
  • 高田 文夫
    高田 文夫
    高田 文夫

    高田 文夫

    1948年渋谷区生まれ、世田谷育ち。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。卒業と同時に放送作家の道を歩む。「ビートたけしのオールナイトニッポン」「オレたちひょうきん族」「気分はパラダイス」など数々のヒット番組を生む。その一方で昭和58年に立川談志の立川流に入門、立川藤志楼を名乗り、'88年に真打昇進をはたす。1989年からスタートした「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は4半世紀以上経つも全くもって衰えを知らず。