高田文夫のおもひでコロコロ

2025.08.04

第136回『いよいよオール日芸寄席IN金沢』

残酷すぎる暑さの中、出版業界のこの夏の話題は「月刊Takada2」と「爆弾犯の娘」の二点にしぼられたらしい。本当か。
“爆弾”問題の太田も田中も深夜 熱く語っていた。
私の「喜寿」と「出版」を祝って7月26日 有楽町よみうりホールにてLIVE「文夫の部屋スペシャル」。
NHKが大河でやっていたのは「麒麟が来る」だが 私の所へは「奇人が来る」。
凄すぎ。鶴太郎が一人ものまね芸やら私とのトークなんて ほとんどの人が見た事がないから。圧巻、感動。
そこへ日本一の奇人とも言うべきイッセー尾形が――――あゝさばき切れない。
秒で完売したお客様には 相当楽しんでもらえたと思う。
下は当日のプログラム。

内側はこうなっている。親切。

当日は こんな感じ。
「ペー」と「パー子」を振るオープニング。
客席に入って歌う こまどり姉妹の片っ方。

めったに見られぬヨギーの布教スタイル。
ただじゃれ合う70すぎたいい大人たち。

下は奇人ふたりを操縦する私。
そして記念撮影。左から磯山、松本、松村、鶴太郎、私、イッセー、志らら。
志らくは出番終わって即入院、翌日手術。

私がサブタイトルに「喜寿だらけの天使」と書いておいたら LIVE当日な――んと「傷だらけの天使」ショーケンの誕生日だった。
こんな喜寿カードも できていた。

すっかり紫が似合う男になってしまった。
1981とは「ビートたけしのANN」スタート年。
2025は36年続く「ラジオビバリー昼ズ」の今。
イラストの佐野クンは81年当時の映像をとりよせ研究したそうだ。

イッセー尾形からシャレたスニーカーと孫用にと絵本のプレゼント。
帰って開けてみたらイヤな予感。
「はじめての落語」大きな立派な本。
胸騒ぎを感じながら奥付をみると作家の名前がズラリあって その上にドーンと「監修 高田文夫」とやっぱりあった。
イッセーにはこの話 言わない方がいいのかな。

志らくが勝手に作ってくれた手ぬぐい。

いまビールのCMに出まくって あぶく銭を稼いでいるサンボマスターの山口クンがラジオのスタジオに来て「牛革の扇子ですよ」とプレゼント。
この夏はフェスだらけで大変らしい。
手持ちの扇風機が流行ってるから あれをギターにつけといたらどうか。
すぐに発火。爆笑だ。

サンボはいい。とてもいい。

唐突ですが ここで志らく入院記念としまして 日芸OB達からのお知らせです。
①まずは「展覧会 映画監督 森田芳光」
もうこのチラシからして恰好いい。
私の「一番弟子だ」と生前当人がいつも言っていた。
映画界で死後何年も経つのに こんなに大々的にやるのは奥方(プロデューサー)スタッフ達の愛情のたまものだと。
愛されているのだ。

このとんでもない才能にふれてみて下さい。
8月12日~11月30日
様々な展示――「家族ゲーム」の食卓、監督の書斎、愛聴レコードギャラリーなど盛りだくさんらしい。

②日芸その2
8月10日(日)TBSラジオ13:00~「爆笑問題日曜サンデー」
これが900回記念だとかでスペシャルゲストが この私(多分14:00からの出番)
TBSなんて私 50年ぶりだから。「ロッテ歌のアルバム」「全員集合」「せんみつ湯原ドット30」以来だから。
なにしろ出禁になってるもんでネ。
大丈夫なのか。オレを出して。
ラジオ界ってのは昔からTBSとニッポン放送そして文化――と交流がなくて互いに看板は貸し出さなかった。
20年位前 私の努力で「ビバリー」にTBSの看板 永六輔が出てくれたことがある。20年目にして恩返しか。
永さん亡くなった時 てっきり あの枠オレだろうなと思っていたら「ナイツ」が「勉強させてもらいまーす」だと。
飼い犬に手も足もケツも噛まれた。

③日芸その3
吉例「オール日芸寄席IN金沢」
前回クドカンと仙台でやったら楽しかったもので また大人の修学旅行。
10月8日いつもの志らく、白鳥、一之輔にテツandトモ。
そして今回のスペシャルゲスト~~~ッ。
爆笑問題・太田光~~~!
太田クンが珍しく遠い旅に出るから これは相当面白そうだネ。
東京から見に行くという人も今からドキドキ。
たしか前売発売は8月6日。
ちょっと調べてみてくれ。

④日芸その4
入院中の志らくから「東京かわら版」もよろしくと。
表紙は御覧の通り一般社団法人「落語立川流」の志の輔代表と談春・志らくの副代表である。法人化を語る。
段取りをひとり飛びまわって仕切っていた志らら。
様々御苦労様である。

次号の9月号には私の「月刊Takada」インタビューも載ります。
そして6日の朝日新聞朝刊に私の本の広告が。よろしく。

 

《追記》
突然入ってくる訃報。
我々の世界ではレジェンド。
矢野誠一氏(90才)が亡くなった。
若き日の私は この人の「劇評」「演芸評」「エッセイ」をひたすら読んだ。有名な句会「やなぎ句会」では お仲間の永六輔、小沢昭一、小三治、米朝らと楽しく遊んだ。
たしか代々木上原の人で私は すぐ近くの富ヶ谷で生まれたので なんか同じニオイ。山の手の子の下町寄席通い。
昨年出たばかりの伯山対談集。

矢野VS伯山のケンカを私が入って手打ち。本当に私は男だね。

 

 

8月4日

 

高田文夫

 

  • ビバリーHP導線
筆者
  • 高田 文夫
    高田 文夫
    高田 文夫

    高田 文夫

    1948年渋谷区生まれ、世田谷育ち。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。卒業と同時に放送作家の道を歩む。「ビートたけしのオールナイトニッポン」「オレたちひょうきん族」「気分はパラダイス」など数々のヒット番組を生む。その一方で昭和58年に立川談志の立川流に入門、立川藤志楼を名乗り、'88年に真打昇進をはたす。1989年からスタートした「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は4半世紀以上経つも全くもって衰えを知らず。