2019年07月19日

ホルムズ海峡自衛艦派遣の頭の体操

 『ホルムズ海峡』という名前が安全保障を知る人だけでなく大きく知名度を上げたのは、2015年の安保法制審議のときでした。ここを通過するタンカーが襲撃を受け、日本へ原油が入ってこなくなればそれは存立危機事態と呼べる経済的な緊急事態であり、事態打開のための自衛隊派遣は限定的に認められた集団的自衛権行使の理由となると政府側が示したことに対し、そんな遠くまで派遣するのは果たして合法なのか?国会審議が紛糾しました。
 その時に想定された事態に近づくように、アメリカとイランの間が険悪になってきています。国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えたP5+1とイランとの間で成立した核合意を巡り、アメリカ・トランプ政権は合意から離脱。イランへの経済制裁を再開しました。
 これに対してイランは反発。ウラン濃縮を再開する一方でアメリカの無人機を打ち落とすなどプレッシャーをかけてきています。付近を航行するタンカーへの襲撃もイランの仕業ではないかと言われ(イラン側は否定)、日本の会社が運航するタンカーもそのターゲットとされました。
 こうした中、アメリカはこのホルムズ海峡の安全確保に向けた有志連合構想を主導。日本時間明日20日にはこの連合に関する説明会をワシントンで開く予定です。それに先立って、構想の中身が徐々にリークされてきました。たとえば、こんなニュースです。

<イラン沖ホルムズ海峡周辺の安全確保に向けた米国主導の有志連合構想について、国防総省高官は同海域の監視強化が目的で、イランに対抗する軍事連合ではないと強調した。参加国に民間船舶の警護を求めず、自国船舶の警護を実施するかは各国独自の判断にゆだねる考えを表明。米国も参加国の民間船舶の警護はしないと説明した。ロイター通信が18日伝えた。>

 この記事が本当であれば、かつての湾岸戦争やイラク戦争、アフガニスタンでの対テロ戦争における有志連合とはかなり形が異なります。軍事連合ではないということですから、共通の作戦行動をするものではなく、各国がそれぞれの意図でバラバラに動くことを容認する形。お互い守りあうような集団的自衛権行使の形ですらなく、むしろ各々個別的自衛権でやってくれ、アメリカもそうするというものです。となれば、日本は日本に関係する船舶のみを守ることになりますから、2015年に紛糾した安全保障法制に則った自衛隊の派遣ではなくなるわけですね。

 この有志連合の話が出てこのかた、一体どういった法解釈の下なら自衛隊は出ていけるのかを考えてきたのですが、報道の通り個別的自衛権の話ならば自衛隊法に根拠を求めればいいわけですね。今日のコメンテーター、宮家邦彦さんも指摘していましたが、この場合は自衛隊法82条に規定される海上警備行動を用いることになりそうです。

<第八十二条 防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。>

 この場合の、公海での民間船舶への侵害行為への対処は海上警備行動発令手続きの迅速化を目指す閣議決定を、2015年の7月に行っていますから、侵害事案が発生した場合に迅速に発令することができます。


 具体的には、特に緊急な判断が必要、かつ速やかな臨時閣議の開催が困難な場合、内閣総理大臣の主宰により、電話などにより閣議決定が可能となっています。もちろん、防衛大臣がまず動かなくては手続きは進みませんから、そこの部分で大臣の姿勢が問われるわけですが。

 それよりも心配なのは武器使用条件。海上警備行動では、警察官職務執行法および海上保安庁法の規定により、武器の使用が大きく制限されます。具体的には、93条の
<第九十三条 警察官職務執行法第七条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
2 海上保安庁法第十六条、第十七条第一項及び第十八条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
3 海上保安庁法第二十条第二項の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第二十条第二項中「前項」とあるのは「第一項」と、「第十七条第一項」とあるのは「前項において準用する海上保安庁法第十七条第一項」と、「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるものとする。
4 第八十九条第二項の規定は、第一項において準用する警察官職務執行法第七条の規定により自衛官が武器を使用する場合及び前項において準用する海上保安庁法第二十条第二項の規定により海上自衛隊の自衛官が武器を使用する場合について準用する。>
という各規定です。

 法律用語がオンパレードで分かりづらいことこの上ないのですが、まず1項の警職法7条の適用は、逮捕や逃亡防止、自己や他人の防護、公務執行への抵抗抑止など必要と認める相当な理由がある場合に、必要の範囲内での武器使用を認めるというものなのですが、正当防衛や緊急避難以外では人に危害を加えてはならないと規定されており、基本的には「やられたらやり返す」という比例原則が適用されます。したがって、圧倒的な火力をもって制圧するという戦地におけるセオリーは使うことが出来ず、能力はあるが意思がなく相手を抑止できない恐れはぬぐえません。

 その下の海上保安庁法を援用する各規定は、海上において可能な活動を書いています。船舶に書類の提出を命じたり、積み荷の検査、さらに海上での船舶の行動を宣言したり、検査したりということが規定されています。ということで、海上での船舶検査も海上警備行動の枠組みの中で出来るわけですが、武器の使用は警察比例。相手は武器を持っている可能性が高くとも、そして着ている服装などは軍隊のそれでありながら丸腰に近い状態で乗り込まなくてはなりません。相手は軍隊が来たと思い、火力をもって対応してくる可能性があるとしても、国内法の規定では丸腰であることを求められているわけです。

 これは私の妄想でもなんでもなく、1999年に能登半島沖不審船事案で海上自衛隊の艦艇2隻が出た際に本当に直面した事態なのです。この時は防弾チョッキもなく、艦内にあった漫画本や雑誌を身体に巻き紐でくくって乗り込もうとしたということが伝えられています。

 有志連合に参加し、我が国も航行の自由や国際法の順守、航路の安全に寄与するのは非常に重要な仕事であろうと私も思います。一方で、その時に発生するリスクを相も変わらず現場の自衛官たちに負わせてよしとするのはあまりに不誠実ではないでしょうか?少なくとも派遣の意思決定をする際には、こうしたリスクが現場にあることを分かった上で、最大限リスクを和らげる手段を講じていただきたい。そのために憲法改正が必要なのであれば、それを議論する機会を作らなくてはなりません。
 この選挙は、その絶好の機会だったはずです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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