2019年07月03日

G20に見る日本外交の今後

 先週末はG20大阪サミットを取材しに出張してきました。その後、板門店での米朝会談や国内の降り続く豪雨などですっかり印象が薄らいでしまいましたが、開催当時は世界中からメディア関係者が集まり、様々に報道されていました。テレビを中心にプレスセンターの様子や日本の食文化や技術をアピールするエキシビジョンについては相当程度報道されていましたが、今回は非常に豪華でそのホスピタリティの高さに海外の記者たちが「ここはパラダイスだ!」とはしゃいでいました。

 さて、国際会議のプレスセンターではその国の新聞が無料で配布されていることが多く、地元ではどう報じているのかを見ると自分たちとは視点が違うので面白いんです。今回は日本がホスト国ですから日本の新聞だけかと思いきや、世界中からメディア関係者がやってきますから英字紙も複数ありました。ジャパンタイムズやフィナンシャルタイムズと並んで幅を利かせていたのが、チャイナデイリー。その名の通り、中国の英字紙です。この日の一面トップは日中首脳会談。わざわざ、「習氏訪問特別号」と銘打っています。
どうして日本で行う国際会議で中国の宣伝をしているんだろうと思いながら読んでみると、これがなかなか興味深い。今回の首脳会談では、日中関係が正常軌道に戻り、「日中新時代」を切り開いていく決意を共有するとともに、来春、習近平氏の国賓としての来日を招請し、習氏は原則としてこれを受け入れたというのがトピックでした。これについて見出しに取って大々的に書いています。


 しかしながら、大事な要素が一つ欠けています。それが、人権について。言うまでもなく、香港の逃亡犯条例改正案をめぐる問題や、チベット、ウイグルの人権状況を巡って、日本側は自由、人権の尊重や法の支配といった国際社会の普遍的価値が保障されることの重要性を指摘しました。が、これについて言及は一切なし。日本側同行筋によれば、総理が提起し習氏からは中国の立場の説明があったとのことですが、やり取りも含め一切記載がないのは非常に味わい深い。都合の悪いことはなかったことになるようですね。

 そしてもう一つのトピックが北朝鮮をめぐる発言。習氏は先月20日から21日に北朝鮮を訪問しました。当時この訪問について「中国を大事にしないと北朝鮮情勢も動かないぞというアメリカへのメッセージなのだ」とまことしやかに解説されていました。ところが、習氏は米朝関係ではなく、拉致問題解決をはじめとする日朝関係改善に期待を表明、総理の考えを金正恩委員長に伝えたというのです。当日関係者に取材をしたのですが、この話は会談で習近平氏側から切り出さしてきたそうです。総理は当初、日中関係の本筋の話とは違うので、拉致問題については次に控える夕食会でやろうと提案したとのこと。ところが、習氏は前のめりに会談の場でこの話を続けました。拉致問題に関しても習氏は「非常に協力的な印象(同席者)」だったようです。


 中国側は前々からこの話を仕込んできていたわけで、これはG20議長国の日本に人権問題をサミットの場では取り上げるなというメッセージなのか、あるいは米中対立の狭間で日米離反を画策するものなのか。いずれにせよ、拉致事件の解決に向けてプラスであることに変わりはありません。何しろ、米中の二大国がともに日本の拉致問題を認識し、解決に向け協力すると申し出ているわけですから。ご家族のもとへ取り返すのに残された時間はそう多くはないと考えると、あらゆるチャンスを生かす。そのためには、米中対立もしたたかに利用していく。2国間会談の細かな点ではありますが、しかし非常に重要な局面だったと思います。

 一方、多国間外交において日本の国益とはどこにあるのか?今回のG20、議長国として日本は存在感を見せられなかった。停滞してる。国内ではそんな批判が多くあります。



 たしかに今回のG20、全世界のメディアの注目を一身に集めるようなパフォーマンスや誰もが報じざるを得ないような大成果があったわけではありません。
 ただ、そもそもこうした国際会議はアメリカ・トランプ大統領の就任以来、意見を集約するだけでも非常な苦労をするのが通例となっています。トランプ大統領のみならず、先進的で開明的と日本のメディアが持ち上げるヨーロッパの国々だって、自国民への見え方を気にしてポジショントークを連発し、毎回成果文書を出せるかどうかが危ぶまれていると報じられてきました。
 G20議長国会見でも、そうした苦労が垣間見えました。

<G20について、世界を取り巻く主要な課題について、意見の対立ばかりが強調されがちと言ってもいいと思います。言わば、意見の違いが強調されることによって、それは政治的な意味を持ってくる。ある主張をしていると、その主張が通らなければ、政治的に負けたのではないか、実質とはだんだんかけ離れて、言わば、例えばいろいろな言葉、とった、とらないという結果になってしまうわけでありまして、その結果、共通の解決策が得られにくい状況になっているとの指摘もあります。
(中略)
今回のG20サミットでは、日本は議長として、G20の持つ力を最大限に発揮するためには、各国間の対立を際立たせるのではなくて、共通点、一致点に光を当てていく。粘り強く共通点を見いだすアプローチをしていく。そして、世界をよりよい世界にしていくための結果を出していくということに力を入れました。多くの国々は、このアプローチに賛同していただいたと思っています。同時に、この2日間を通じて、議長国としての責任の大きさを改めて痛感もしたところであります。>

 対立を際立たせるのではなく、共通点、一致点を見出す努力をしていく。非常に地味な仕事で縁の下の力持ちではありますが、とかく対立ばかりが煽られる昨今、こうしたことに汗を流す国というのはあるようでありません。
 今回の首脳宣言も、とにかく出すことが目的化してしまって中身がないと批判されますが、私が取材していて感じたのはむしろ出せて良かったということ。首脳会議開催中、フランスのマクロン大統領が環境に関するパリ協定順守の文言が入らない限り署名をしないという情報がプレスセンター内にも流れ、不穏な空気が漂いました。文言が入る入らないを政治問題化してしまって自縄自縛に陥ってしまう。昨今の首脳会議ではここに陥って会議全体がスタックするというのを嫌というほど見てきました。
 たとえば、去年のG7シャルルボワサミットでは、議長国のカナダ、トルドー首相が自国民へのアピールもあって「反保護主義」の旗印を高く掲げ、アメリカ・トランプ大統領を激怒させました。「本来は調整役である議長がポジションを明確にしてしまったために何の調整もできなくなった」と会議に出席していたメンバーは話してくれました。反保護主義に賛同するドイツのメルケル首相がトルドー首相やマクロン大統領とタッグを組んでトランプ大統領に詰め寄る様がSNSで拡散した、あのG7サミットです。
 あの時にもやはり「存在感が薄い」と批判されていた安倍総理ですが、出席者によればスタックした会議を立て直し、文言を考え、最終的に何とか首脳宣言まで持って行ったのは安倍総理はじめ日本側スタッフだったそうです。
 他にも、アメリカが抜けた後のTPPも日本が汗をかいてTPP11をまとめ上げました。
 今回も、マクロン大統領以前にアメリカが「反保護主義」という文言が入ることに難色を示していました。環境問題もパリ協定から離脱している以上はそんな文言は認められません。
事務方での調整が難航し、最後の最後は議長声明でも仕方がないというところまで追いつめられた様が、読売新聞に載っていました。


 読者会員限定の記事なので詳細を記すことはできませんが、結局総理がトランプ大統領もマクロン大統領も説得して首脳宣言に漕ぎつけたようです。
 去年のG7、TPP11、そして今回のG20。大国間の狭間にあって我が国として出来ることは、こうした利害調整なのかもしれません。

 毎日新聞によれば、マクロン大統領は「必ずしも満足していない」と漏らしていたそうで、それを根拠に政権批判に結び付ける国内メディアも散見されます。しかし、これもマクロン氏が自分であらかじめポジションを決めてしまったがために起こったこと。あらかじめ立ち位置を決めてかかったために後から自縄自縛に陥るというのは国内外のメディアにも言えること。
 こう書くと、お前は政権に寄り過ぎているとのご批判を受けるわけですが、全否定のポジションを取らない限り政権を批判していることにならないのでしょうか?政策ごと、トピックごと、局面ごとの是々非々というのは許されないのでしょうか?今回のG20において、地味に汗をかいた働きぶりは評価できると私は判断したまでです。

 ちなみに今年のG7の議長国はフランス。マクロン大統領の手腕が問われるところですが、仮にG7でパリ協定に拘れば首脳宣言は出せなくなるかもしれません。8月のG7サミットはお手並み拝見というところです。日本のメディアがどう報じるのかも含めて注目しておきましょう。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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