2019年05月31日

新しい理論を否定したいがあまり...

 ここ1,2か月ほど、MMTと呼ばれる新しい金融財政理論に対しての批判が各紙経済面をにぎわせています。MMTはModern Monetary Theoryの頭文字をとった略語で、日本語では現代金融理論と訳すのが一般的なようです。アメリカ・ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが提唱する理論で、ざっくりと説明すれば「自国通貨建ての国債を発行している国の債務不履行はあり得ないので、過度なインフレに陥らない限り財政赤字を心配せずに財政出動するべきだ」という理論。この理論は経験則ではたしかにそうだと思えるところが多い一方、それらが精緻に数式化されているわけではなく、主流派経済学者からは批判を浴びています。
 ただ、日本での批判はそれに加えて、このMMTは目前に迫る消費税増税への有力な反論になり得るということもあるのか徹底的に叩かれています。このブログでは何度も指摘している通り、政治のイデオロギーでは左右分かれる各紙も経済面ではほぼ同じ。このMMT批判も、朝日・毎日というどちらかというとリベラルに分類される新聞から、日経・読売といった保守的とされる新聞まで、懐疑的ないしは否定の論調では一致しています。今日も、日経新聞の経済教室でMMTを声高に否定していました。

<ポイント
○現代の国際経済下では成り立たぬ主張も
○ハイパーインフレ誘発なら多大なコスト
○日本も流動性のわな脱せばインフレ懸念>

 冒頭の3つの"ポイント"を見れば、だいたい否定している人たちの主張が分かります。たしかに、インフレが始まるとあっという間に物価が上昇する可能性があります。その時にMMTを停止するだけで対応できるのか?その予兆はどこで判断するのか?過度のインフレのリスクを考えれば、目先財政出動で景気を無理やり上昇させるのは果たして正しいのか?日本を例にとっているが、日本は特殊な例であろう。このあたりが主な反論として出てきます。
 それにしても、どこからこのMMT批判が紙面をにぎわせるようになったのかなぁと調べてみると、やはり新年度に入ってから。消費税増税を織り込んだ予算が成立した後なのですね。これで増税Noの世論が止むかと思いきや、足元の経済減速を肌で感じるようになってきたのが4月ごろ。その上、このMMTという新たな理論が入ってきたらせっかくの増税の流れが止まってしまう。そんな財務省の危機感を感じる資料が、4月の半ばに開かれた財政制度等審議会に提出された資料でした。


 この57ページから先、4ページにわたってMMTについて割いているのですが、理論の説明は1ページ目の半分だけで、そこからは延々と著名経済学者や経済人によるMMT批判の紹介になっています。いやぁ、よくもこれだけ集めたものです。そして、これを狼煙と各紙MMT批判のオンパレードとなりました。




 面白いですね。各紙、MMTという単語そのものが新しく、それを説明する体をとっているのですが、必ず見出しに"異端"という単語を使っています。何か怪しい、ちょっと風変わりな理論がアメリカで流行っているようですよという紹介の仕方で、明らかに先入観を植え付けようとしています。新しい理論、概念を紹介するのですから、本文の結論部でこうした単語を使うのならまだしも、見出しから"異端"とするのはあまりに偏ってはいないでしょうか?
 新聞には公平中立原則はありませんし、内容を縛るような法律があるわけではありません。言論の自由が保障されているといえばそうなのでしょうが、しかしながら右も左も"異端"というのはあまりに不自然と思うのは私だけなのでしょうか?

 私自身は、MMTであろうとケインズ経済学であろうと、平成の世のほとんどを覆い令和にも影を伸ばしつつあるデフレから脱却できるのであればなんでも使えばいいと思っています。ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏も、MMTについては否定的で強烈な批判をする一方、「MMT支持者は財政緊縮派ほど悪い影響を及ぼさないだろう」とも語っています。それどころか、MMTを否定する主流派経済学者たちも、かつてのように緊縮財政で政府債務の削減を勧めるのではなく、むしろある程度の財政出動を容認する方向に舵を切りつつあるようです。MMTを否定したいがあまり、世界中の著名経済学者の論を集めてきた財務省のペーパーと、それに乗っかるように著名経済学者のMMT批判を紙面に載せた新聞各紙ですが、それだけ著名経済学者の学説を崇め奉るのであれば、彼らが目前の消費税増税も批判的である点も紹介しなくてはフェアではないでしょう。
 たとえば、この財務省ペーパーに出てくる元IMFチーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏は最近、『日本財政の選択肢』という論文を出し、緊縮財政を伴う急激な財政健全化策をいさめています。


 数式などが出てきたり、一つ一つ丁寧に論証していますから多少読みづらいかもしれませんが、精緻な分だけ非常に腑に落ちる論文です。財政出動を主張すると、これだけ政府債務が膨大にあるのにさらに借金を重ねては市場の信認が失われ国債が暴落、金利が急騰してハイパーインフレに陥る!と言われます。これに対して、何段階も論を重ねて反論します。まず、金利が経済成長率見通しよりも低い日本の場合、金利が上昇するまでにずいぶんと時間がある。このタイムラグを使ってコントロールが可能である点。
 さらに、財政緊縮派が言うように財政出動をせずに財政が健全化したとして、それと引き換えに総需要不足が起こっている現状の不利益とどちらが社会全体としてコストが高くなるか?ブランシャール氏は、この超低金利で金融政策の余地が限られる中において、プライマリー赤字の縮小(=財政健全化)はデフレギャップを拡大し、社会全体の厚生悪化の効果が大幅に上回ると結論付けています。デフレ下の緊縮で総需要が不足し、仁義なき低価格競争、低賃金競争に晒され続けてきた就職氷河期世代から見ると、まさに腑に落ちる結論です。
 そして、仮に緊縮派が言うような市場の信認が失われる事態となり国債金利が急上昇した場合のシナリオも検討しています。まずは日銀が最後の買い手となって国債の需要不足を吸収する。それでもダメなら、その時に消費税増税を発動。歳入増を目に見える形で市場に示し、リスクの認識を抑えるべきだとしています。

 そうです。消費税増税はある意味市場に対しての切り札になりえるのだから、無駄に今カードを切るべきではない。切るならもっと先だろうとブランシャール氏は主張しているのです。ブランシャール氏はマサチューセッツ工科大学の経済学部長も務め、リーマンショック前後の大変な時期にIMFのチーフエコノミストを務めた人物。消費増税を推す論者は、増税しなければ日本はギリシャのようになる!あるいはアルゼンチンのようになる!ベネズエラのようになる!と危機感を煽りますが、それら経済的に苦境に陥った国々、破綻した国々をつぶさに観察し、再建への道筋を模索したブランシャール氏が、消費増税少なくとも今ではない!と主張しているのです。むしろ、増税すればデフレギャップが拡大し、ギリシャのように、アルゼンチンのように、ベネズエラのようになってしまうかもしれません。さて、どう反論するのでしょうか?

※忙しくて論文なんて読めないという方。ブランシャール氏はツイッターにこの論文のエッセンスを連投しています。それも、日本語で!ご参考まで。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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