2019年04月29日

引き上げた機体を守れない国

 今朝の放送でも6時台のニュース解説のゾーンでご紹介しましたが、青森県沖に墜落した航空自衛隊のF35A戦闘機について、日米合同の捜索活動が始まると今朝の読売新聞が報じていました。


 残念ながら、リンク先の記事は有料会員限定でまったく読むことができませんので、同じような趣旨で書かれた時事通信の記事もリンクしておきます。

<航空自衛隊三沢基地(青森県)の最新鋭ステルス戦闘機F35Aが太平洋に墜落した事故で、海上自衛隊は海底にソナーを設置するなど任務上、秘匿性が高いことで知られる敷設艦「むろと」(全長131メートル、4950トン)を現場海域に投入した。文部科学省が所管する海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海底広域研究船「かいめい」(全長100メートル、5747トン)も捜索を開始。>

 さらに、アメリカ軍がチャーターした深海活動支援船「ファン・ゴッホ」も現場海域での活動に参加する予定とのことで、日米3隻体制での捜索が始まることになります。これに関連して話題にしたのが、自衛隊法の95条に記載のある「武器等防護」に関する規定。上記、読売新聞の記事を引き写しますと、以下のように指摘がありました。

<ただ、引き上げられた機体が他国に奪取されそうになった場合、岩屋防衛相は国会で「防護対象の武器等が破壊された場合は、武器使用は認められない」と答弁。壊れた機体は、防護のための武器使用を認めた自衛隊法95条の対象にならないとする見解を示した。>

 この根拠について調べてくれたリスナーの方々がいらっしゃいましたが、95条そのものにはそういった規定はないとの指摘がツイッター上にありました。たしかに、自衛隊法を見ても岩屋大臣が答弁したようなことは条文としては書き込んでありません。

<(自衛隊の武器等の防護のための武器の使用)
第九十五条 自衛官は、自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備又は液体燃料(以下「武器等」という。)を職務上警護するに当たり、人又は武器等を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条又は第三十七条に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。>

 この中の刑法36条はいわゆる正当防衛について、同37条はいわゆる緊急避難について書かれた項目であり、今回の事案には該当しません。となると、武器等防護の範囲については法律の条文には"その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で"としか書かれていないわけです。しかし、こういった曖昧な線引きでは実務に当たる現場が困りますから、具体的にどういったところで線引きするのかが国会への提出資料や各種答弁などで明らかになっています。


 この参考資料は、第1次安倍政権時代に設置された安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会、いわゆる安保法制懇の議論の中で提出されたものですが、その5ページにこういった記述があります。

<・自衛隊法第95条に規定する武器の使用について(平成11年4月23日衆・防衛指針特委提出)
1 略
2 自衛隊法第95条に規定する武器の使用と武力の行使との関係
自衛隊法第95条に規定する武器の使用も憲法第9条第1項の禁止する「武力の行使」に該当しないものの例である。
すなわち、自衛隊法第95条は、自衛隊の武器等という我が国の防衛力を構成する重要な物的手段を破壊、奪取しようとする行為から当該武器等を防護するために認められているものであり、その行使の要件は、従来から以下のように解されている。
(1)武器を使用できるのは、職務上武器等の警護に当たる自衛官に限られていること。
(2)武器等の退避によってもその防護が不可能である場合等、他に手段のないやむを得ない場合でなければ武器を使用できないこと。
(3)武器の使用は、いわゆる警察比例の原則に基づき、事態に応じて合理的に必要と判断される限度に限られること。
(4)防護対象の武器等が破壊された場合や、相手方が襲撃を中止し、又は逃走した場合には、武器の使用ができなくなること。
(5)正当防衛又は緊急避難の要件を満たす場合でなければ人に危害を与えてはならないこと。
自衛隊法第95条に基づく武器の使用は、以上のような性格を持つものであり、あくまで現場にある防護対象を防護するための受動的な武器使用である。
このような武器の使用は、自衛隊の武器等という我が国の防衛力を構成する重要な物的手段を破壊、奪取しようとする行為からこれらを防護するための極めて受動的かつ限定的な必要最小限の行為であり、それが我が国領域外で行われたとしても、憲法第9条第1項で禁止された「武力の行使」には当たらない。>

 平成11年(1999年)の日米防衛協力のための指針に関する特別委員会(防衛指針特委)に政府から提出された資料にある記述ですが、これは日米のガイドライン改訂、周辺事態という概念が持ち込まれ、そうした事態に対して米軍への後方支援、物品又は役務の相互提供に関する協定(日米ACSA)を審議する過程での資料でした。ここに自衛隊の武器の防護に関する自衛隊法95条に基づく武器使用がどこまで認められるか、言い換えれば、この資料の中にもありますが、憲法9条第1項に抵触しない範囲での武器使用というのはどういった場合かという法的整理がされています。

 それによれば、(4)に、<防護対象の武器等が破壊された場合(中略)武器の使用が出来なくなること>が明記されています。先に引いた岩屋大臣の答弁は大臣の個人的見解などでは全くなく、むしろ政府内で脈々と受け継がれてきた見解なのですね。放送でも申し上げた通り、この問題点は、今回の事案に当てはめると浮き彫りになってきます。すなわち、F35という機密の塊のような機体であっても、こうして墜落し破壊された場合には、これが他国の手に渡ろうとした際にも武器使用が出来なくなるということ。大臣答弁の通り、今回の事案で仮に引き上げが上手く行ったとしてその墜落機体を奪取しようと他国軍が迫ってきた場合、我が自衛隊は武器使用は出来ません。
 正確には、相手が一発撃ってくれば上記刑法36条の正当防衛により反撃が可能となります。しかし、最初の"一発"が文字通り一発ならば反撃できても、常識的には当初の一発、というか一撃で反撃不能ならしめることを相手は意図し、攻撃してくるわけです。撃たれてはおしまいなわけで、だからこそ抑止力が必要だという議論になるはずなのですが...。

 これを、警察権で守ればいいだろうという指摘もありましたが、となると海上保安庁の仕事ということになります。現場は公海とはいえ日本の排他的経済水域ですから、日本が引き上げた機体を許可なく奪取しようとすれば速やかにその行為を中止させることができるはずですが、海上保安庁法で外国軍艦や各国の公船が相手では手出しができません。また、仮に相手が国籍も公船かどうかも不明の不審船の場合でも、現場海域は領海外ですから海上保安庁の巡視船等が警告射撃を行って相手の被疑者を死傷させた場合、違法性が阻却されずに海上保安官が違法性を問われる可能性すらあるのです。そうしたリスクを背負ってまで身体を張って阻止に動くのか?これは海上保安官の士気云々の話ではなく、法の立て付けにより現場での対応は放水が限度となるのではないかと思います。

 さらに、このF35は生産国アメリカの海・空・海兵隊のみならず、イギリス、イスラエル、ノルウェーなど先進国を中心に10か国以上にすでに実戦配備しています。この機体の情報が他国に渡るということは、日本一国の安全保障に重大な影響を及ぼすのみならず、こうしたF35を採用している他国も重大なリスクに晒すことになるのです。それは、取りも直さず世界平和への脅威となってしまうでしょう。

 平和を愛するがゆえに憲法9条を守ろうとしているはずが、結果的に世界平和への脅威になってしまう。この矛盾こそが、昭和から平成、そして令和へと引き継がれていく日本の安全保障議論の貧弱さ、安保の議論=戦争しようとしている!というステレオタイプの批判の成れの果てではないでしょうか。個別具体的な事案では、憲法9条による矛盾が噴き出てきます。しかし、それをどう解決していくかという話になると、途端に小手先で何とかする、法改正に改正を繰り返して屋上屋を作り出すことに血道を上げてきたのがこの国の安保議論の歴史でした。あれだけ改革大好きなこの国のメディアも、なぜか憲法に関しては"抜本的改革"を避けて通ってきたのです。令和の時代は、この宿題にそろそろ解答が出せるといいのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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