2019年01月29日

施政方針演説のキモ

 今朝スタジオに届いた新聞各紙の一面は、昨日国会の衆参本会議で行われた総理の施政方針演説についてが大半を占めました。


 実に50分にもわたる演説は、原稿の文字数で見ると去年よりも1100字あまり増えて1万2800字だったそうです。それだけに、様々な要素が盛り込まれており、各紙どこをチョイスして一面の見出しに取るか、それぞれの色が出ていて興味深い一面読み比べでした。


 朝日新聞は今や政権批判の急先鋒ですから、やはり年始以来たびたび取り上げている厚労省の毎月勤労統計調査の不適切調査に絡めて一面トップの見出しを構成しています。先々週の拙稿でも触れたのでここでは詳しくは触れませんが、不適切調査で数値が嵩上げされていれば「アベノミクスは粉飾だ!」と批判できますが、実際は不適切調査をそのままにしていた2018年1月まではあるべき数値よりも低かったわけで(それゆえ失業給付等が少なくなってしまった)、その上2004年からこの手の不適切調査がまかり通っていたわけですから、いい加減再発防止策だとか組織改革だとか、前向きな議論に持っていけばいいのにと思うわけですが...。

 一方の読売は、悲願の消費増税(!?)に言及した部分を一面に引いています。


 さきほどの首相官邸のHPの原稿で、この消費増税に言及した部分を探してみると、延々読んで読んで、パラグラフ二「全世代型社会保障への転換」の最後の最後にようやく出てくる程度。これを施政方針演説全体を象徴するものとして切り出してくるのはちょっと無理筋のような気もしますが、最高幹部はじめ消費増税には並々ならぬ決意を持つ読売グループとしてはいい機会だから一面に掲げておく必要があったのでしょう。その意味では素直に演説のトップ項目を見出しに掲げたのは産経でした。

『社会保障 全世代型へ 首相、10月に消費増税▽陛下とともに震災克服した強さ』

記事そのものが見つけられなかったので、『29日の朝刊(都内最終版)』(1月29日 時事通信)を参照しています。パラグラフ(一)を踏襲して見出しにしつつ、▽以下の陛下の下りを合わせたところで産経らしさを演出しています。

 また、"らしさ"という意味では毎日の見出しも目を引きました。外交、特にロシアとの北方領土交渉をトップにもってきたのです。このところの紙面では、オピニオン面などで有識者や政治家、元外交官の話を掲載して多角的に掘り下げているなぁと思っていたのですが、その流れを受けてのことなのか。他紙が内政に重きを置く見出しの中、異彩を放っていました。


 大きなニュースで各紙が同じニュースを一面に掲げるときは表現もどうしても似通ってしまうことが多いのですが、今朝はクッキリと色が分かれ、それぞれの見出しのウラまで透けて見えるので非常に興味深かったですね。

 さて、私が個人的に興味を引いたのは、第3パラグラフ「成長戦略」の中の一項目です。この部分はおそらく"短冊方式"と呼ばれる、各省からウリになるような政策を出させて、それを短冊様に一つ一つ貼り付けて原稿を作っていく部分だろうと思われます。デフレ脱却からIoT、自動運転、オンライン診療、遠隔教育と、細かい政策項目の羅列が続いているからです。
そして、その次に出てくるのがこちらの一節。

<電波は国民共有の財産です。経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など、有効活用に向けた改革を行います。携帯電話の料金引下げに向け、公正な競争環境を整えます。>

 たった2文なのですが、電波に関して踏み込んだ表現が施政方針演説に盛り込まれたのは記憶にありません。我々放送に携わる人間にとっては非常にセンシティブな内容が含まれています。一見、携帯電話の料金の話をしているだけのように思えますが、これ、キモは「経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など」という部分。電波という有限の国民共有の財産をもっとも多く占有しているのは、実は放送局なのですね。放送を通じ国民の知る権利に資する、民主主義に資する仕事をしているという建前で、かなり優遇された料金で電波を借り受けています。総務省の電波割り当て制度のなせる業ですが、安倍政権はこれを改革しようと動いているのです。去年の6月15日には規制改革実施計画が閣議決定され、そこに電波制度改革も盛り込まれています。


 総務省は去年8月、電波有効利用成長戦略懇談会の報告書を取りまとめました。


 ここで電波割り当てについて争点になったのが、施政方針演説にも書かれている「経済的価値を踏まえた割当制度」だったのです。総務省は出来る限り現行制度を維持したというインセンティブがありますから、この「経済的価値を踏まえた割当制度」について、

<経済的価値に係る負担額の評価に当たっては、既存の審査項目とのバランスを考慮して、経済的価値に係る負担額の配点が過度に重くならないようにすることが必要。>(報告書概要10ページ)

という記述が盛り込まれています。これに対し、改革を主導する規制改革推進会議はこの報告書案が示されたタイミングで意見を公表し、

<周波数の割当手法の抜本的見直しや二次取引については、関係事業者の意向を聞くだけにとどまっており、周波数の有効利用の観点から、どのような制度設計が最適なのかについて十分な検討がなされたとは評価できない。諸外国の先行事例なども踏まえ、至急十分な検討を行うべきである。
・特に「経済的価値を踏まえた金額を競願手続にて申請し、これを含む複数の項目を総合的に評価し割当てを決定する方式」については、経済的価値を踏まえた価格競争の要素を含めたメカニズムを盛り込むことが制度設計の根幹である。「経済的価値を踏まえた金額」の評価について、評価全体における配点や順位付けなどその設計次第では、価格競争が実質的にはあまり意味を持たず、制度改正の趣旨を没却する制度になりかねない。価格競争の評価が主たる要素となることを明確にし、競争促進及び新規参入促進の観点から具体的な方針をさらに検討すべきである。>

と、電波オークションを念頭に競争による切磋琢磨によって割り当てることを主張しています。総務省が指摘するようにあまり経済的価値の方に重きを置きすぎると大資本しか放送を担えないということになり、多様な意見の反映という民主主義の根幹を揺るがすことになりかねません。が、他方で現在の既得権益に安住した今のままの放送内容で果たしていいのか?という意見は説得力があります。今回の施政方針演説では、この問題の根幹の電波オークションをちらつかせながら、メディア業界に対して牽制球を放っているなぁと感じました。

 今まで、新聞の経済面や経済番組では、市場での競争が金科玉条のごとく語られてきました。
「日本の経済慣行は既得権益でがんじがらめにされてきて、不当に競争が制限されてきた。市場の競争にゆだねることでイノベーションが生まれる!」
「競争に敗れた企業がいまだに市場に残っているのが問題だ。ゾンビ企業は淘汰せよ」
「同じように、大学を出たけれども正社員に就職出来なかったのは競争に敗れたのだから自己責任だ」
 1990年代の後半からしきりにテレビ、新聞で言われてきたこうした言説が、ついにブーメランのようにメディアに向かってきているのです。果たして、放送局にもある程度の競争原理が導入されるのでしょうか?規制改革を担当する内閣府の官僚が言っていました。
「コンテンツで勝負する時代がようやく来たってことですよ。誰が電波を落札しても、そこに流すコンテンツがなければビジネスが成り立たないわけですから」
コンテンツが市場で評価される時代...。今まで業界の中で閉ざされた競争をしてきたところから、一気に変わることになるかもしれません。それは、JRや郵政の民営化も彷彿とさせます。果たして、私は生き残れるのでしょうか...?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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