2019年01月18日

【厚労省不適切調査問題】政権批判で終わらせるな

 厚生労働省が毎月発表している雇用と給与、労働時間に関する基幹統計、毎月勤労統計調査で、不適切な調査が発覚しました。


 この調査では、事業所に対してアンケート調査が行われますが、従業員数500人以上の事業所に関しては全数調査をしなくてはならない決まりでした。ところが、2004年から、東京都の大規模事業者に関しては全数ではなく、おおむね3分の1の500事業所ほどを抽出調査していたことがわかりました。東京の企業は大企業が多く、給料も高い。そこを抽出調査で済ませていたことなどで、2017年までの「きまって支給する給与」などの金額が低めになっていたということです。
 そして、2018年に入ると東京都のデータを補正したため、今度はそれまでと比べて数値が不自然にブレてしまいました。この毎月勤労統計調査は、GDPの計算をするときなどにも使われる基幹統計であったため、総務省統計局がデータを参照します。そこで、総務省側からあまりにデータが不自然で不連続だと指摘があり、不正に抽出調査が行われていることが発覚したわけです。

 足掛け15年にもわたるデータの不正。一つ一つのデータの乖離は0.4%~0.7%の範囲で、金額的に言ってもさして大きいものではありません。しかしながら、15年に渡る長きに及んだこと、さらにこの統計が基幹統計で、GDP計算以外にも失業給付や公務員の賃金計算のベースにもなるということで、チリも積もれば何とやら、得べかりし金額との開きが大きくなってしまいました。雇用保険などの追加給付にかかる費用の総額はおよそ795億円。大半は労働保険の特別会計から出しますが、必要経費で一般会計からも追加で6.5億円が必要となり、政府は予算案の閣議決定をやり直しました。

<政府は18日の閣議で、賃金や労働時間を示す毎月勤労統計で不適切な調査があった問題を受け、昨年12月21日に閣議決定した2019年度予算案の修正案を決定し直した。雇用保険などの追加給付に伴い一般会計からの国庫負担が増え、総額は当初案より約6億5000万円多い101兆4571億円になった。>

 この問題は、今月末から始まる通常国会でも与野党の大きな争点になりそうです。とはいえ、現在の野党第1党である立憲民主党や国民民主党など野党議員の大半は旧民主党の出身。彼ら彼女らが政権に就いていた時もこの不適切調査を見抜けなかったわけで、この問題を「政権の怠慢だ!」と批判すると、その批判がそのまま自分たちに返ってきてしまいます。そこで、問題そのものではなく、なぜ2018年になってデータが復元されたのか、そしてその事実をどうして公表しなかったのかという、現政権下で起きた問題に焦点を絞って批判を繰り広げています。

<国民民主党をはじめ立憲、共産、自由、社民、社保、沖縄の野党5党2会派は17日、「勤労統計問題・野党合同ヒアリング」を国会内で開いた。毎月勤労統計調査で全数調査すべきところを一部抽出調査で行っていた問題に関して、国民民主党の山井和則国対委員長代行らが事前に通知していた質問に厚生労働省、総務省、財務省、内閣府の担当者が答えた。
(中略)
なぜ昨年1月から復元が開始されたのか。なぜその事実を公表しなかったのか。復元は賃金が高く出るとの認識はあったのかなどをただしたが、調査中を理由に明確な回答を示されなかった。それでもヒアリングを通じて、2004年から2017年の間、不正に賃金額が低くされていたものが、復元によって賃金額を実態に近づけただけだったにもかかわらず、政府は賃金が上がったと虚偽の主張をしていたことが明らかになった。>

 よく考えたものです。これならば、政権への批判が出来る上に自分たちへ火の粉が降ってくることはありません。彼ら彼女らの言を引けば、「改ざんによって」アベノミクスが成功していると「装ったのだ」となり、さらにこの不正調査は安倍官邸への「忖度」でデータを復元したのだという批判ができます。
「モリ・カケに続いて、財務省、文科省に続いて厚労省でも忖度から行政が歪んでいるのだ!」
国会でそう主張し、審議が止まるさまがまた繰り返されるのでしょう。

 ただし、それと引き換えに、この不適切調査がどうして起こったのか、15年の長きにわたって継続していたのか、どうしたら再発を防止できるのかという議論は置き去りのままになっています。
 放送でも再三指摘していますが、政府には全く別の調査で賃金に関するデータがあるはずです。私もサラリーマンの端くれですが、毎月の給与の明細を見ると税金が天引きされています。税額を決定するには給与所得のデータが不可欠。さらに、給与所得の計算には、裁量労働出ない限り労働時間が必要。毎月天引きされる税金を入り口に、税務当局には膨大な労働に関するデータが積みあがっているはずなのです。ちなみに、給与所得者の税金捕捉率はほぼ100%と言われています。ということは、1円単位の詳密な賃金のデータ、さらに一人一人の税金を把握しているわけですから、従業員数の正確なデータまで、税務当局には宝物のような良質なデータがあるはずなのです。

 この膨大なデータを、今までであれば処理し分析するだけのスペックのある機器がなかったわけですが、このAIの時代、こうしたデータ処理はまさに得意分野。省庁の壁を越えてデータのやり取りが出来れば、恣意的にデータをいじることが不可能になり、より正確な数値を手に入れることができる。より正確な景気判断が可能になり、より適切な政策決定が可能になるでしょう。私のような素人でも考え付くのですから、優秀な官僚の皆さんが考え付かないはずはありません。そこで、ある財務省の幹部と話す機会があったのでこのアイディアをぶつけてみました。すると、
「いや、省庁の壁じゃなくて法律の壁で難しいんです」
という答えが返ってきました。

 所得に関する情報というのは、個人情報の最たるもの。マイナンバーと紐づけて税務当局はこの情報を把握しているものの、この情報は利用目的の範囲が法律で厳しく限定されています。


 この4ページに利用目的の範囲という項目があり、<特定個人情報は、利用目的の範囲が、税・社会保障・災害対策に限定されており、本人の同意があったとしても、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、特定個人情報を取り扱ってはならない>との記述があります。統計調査は税・社会保障・災害対策の中には含まれませんから、現在は法律によって許されないということなのです。たしかに、このマイナンバー制度を審議した時にも、情報漏洩の恐れだとかプライバシーの侵害の恐れなどが再三再四指摘され、すったもんだの末、データの利用には厳しい制限がかけられました。それだけに、データの収集までは出来ても活用は難しい現在の制度になってしまったのですね。

 ただ、では全く打つ手がなくなったかというとそんなことはありません。法律によって縛られているものは、法律を変えることによって緩めることができます。前述の財務省幹部も、
「法律を変えてくれればいいんです。法律を変えれば出来ますよ」
と話してくれました。

 つまり、ボールは政治家の側にあります。主権の束を背負った政治家が変えるぞとなれば、官僚はそれに従います。逆に言うと、政治家が主導権をもって変えようとしない限り、現状が続いていくことになるわけです。
 来週の閉会中審査、そして再来週から始まる通常国会、政権批判に終始するのか、それとも前向きなデータ活用に我が国も進んでいくのか。ぜひ、お題目でない「熟議の国会」を実現してもらいたいものです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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