2019年01月09日

定年延長の負の側面を照らせ

 今朝の日経一面、公務員制度改革と社会保障制度改革の一環として、公務員の定年引上げについて法案を出す方向というニュースが出ました。

<国家公務員の定年を60歳から65歳に延長するための関連法案の概要が判明した。60歳以上の給与水準を60歳前の7割程度とする。60歳未満の公務員の賃金カーブも抑制する方針を盛り込む。希望すれば65歳まで働ける再任用制度は原則廃止する。総人件費を抑えながら人手不足を和らげる。政府は民間企業の定年延長の促進や給与水準の底上げにつなげる考えだ。>


 日経電子版が有料会員でないとリードまでしか読めないので、要旨を記しているFISCOの記事も併せて引いておきます。
 要旨は、定年を5年延長するにあたり、まずは段階的に定年を伸ばしていき、最終的に10年後の2029年度に引き上げが完了するようにする。基本的に、定年延長した部分の給料は60歳までのポストで得ていた給料の7割程度に抑える。ただし、60歳を境にして給料を抑制するのは一時的な措置として、将来的には賃金カーブを65歳で最高になるように昇給ペースをなだらかにするということです。
 年金の支給開始が65歳以降となり、さらに引き上げられる改革案も取りざたされている中、日々の給料に切れ目が出来ないようにするのが趣旨。そして、実際には今民間企業で行われている雇用延長に近い内容になっています。ただし、立場が雇用延長のように契約社員ではなく正規雇用というのがポイント。今までも定年後の再任用の制度はありましたが役職が大幅に下がる(主任や係長級が多い)上に短時間勤務労働者がかなり多かったので、雇用延長後もフルタイムで働くことが多い民間企業の現状に働き方は合わせ、将来的に民間も含めて定年そのものを延長したいという将来の政策に繋げるブリッジ的な制度という捉え方もできます。

 突然これが出てきて、それも正規雇用の定年延長となればやっぱり官の優遇か!という批判も出てきそうですが、実は手続きとしては2011年に人事院が定年延長についての意見の申出を行って以来、着々と進んできたものなのです。


 さらに、2017年には公務員の定年の引上げに関する検討会が内閣官房の中に設置。官房副長官補を中心に各省幹部の間で議論が積み重ねられ、翌2018年には定年を65歳にする件について、<人事院における検討を踏まえた上で、具体的な制度設計を行い、結論を得ていく必要がある。>という論点整理が行われました。


 これが関係閣僚会議に報告・了承され、人事院でさらに検討。2度目の意見の申出があり、今回に至ったようです。


 上記日経の記事内容もほぼこの意見の申出に沿った形になっているので、一連の話はすでにレールに乗っている話。このまま今通常国会に法案が提出され、形になっていくのでしょう。
 それはそれとして、年金支給開始年齢引き上げとの兼ね合いで賃金の空白が出来てしまう方がマズいわけですから必要であるとは思うのですが、一つ危惧するのが定年が伸びるということは正規職員の入れ替えがその分伸びるということがあまり議論されていないことです。今は何となく人手不足ばかりが言い募られているので忘れられているようですが、そもそも労働法制の縛りが非常に厳しい我が国において、定年のタイミングが唯一労使の軋轢なく雇用整理が可能なタイミング。もはや終身雇用制の時代ではないと20年以上前から言われていましたが、現実にはまだまだこの終身雇用制が形を変えながら厳然として残っています。昔のように絶対に解雇されないというところまでは守られていませんが、一旦正規職員として採用されれば定年まで正規職員の立場は維持されます。もちろん、その上で意に沿わない仕事が回ってきたり子会社に出向、転籍があったりということはあります。それに直面した方々は非常に辛い思いをしているのも承知しています。しかしながら、正規職員という立場と福利厚生もある程度は維持されているわけです。
 他方、社会に出たタイミングで正規職員の椅子からあぶれた人たちはそのままずっと非正規に甘んじてしまうのも今の雇用制度の負の側面として存在します。特に、社会に出るタイミングで不景気が到来してしまうと、そもそも若年層に用意される雇用の椅子の数が極端に絞られてしまいますから、非正規雇用に甘んじる数は世代ごとにバラつきが出てしまうんですね。ロストジェネレーションと呼ばれる、現在30代後半~40代後半の世代は、まさにデフレ真っただ中に社会に放り出された世代。当時は「自己責任」というワードが幅を利かせ、正社員になれない、あるいはなっても辞めてしまうのは本人の努力が足りないせいだという風潮が強く、政策的な手当てがほとんどされないまま放置されました。
 高度成長期のように景気循環で不況に陥ってもその後好景気が到来すれば、雇用の椅子が新たに創出されてそこに収まったり、定年による入れ替えで中途採用されたりと再チャレンジが可能でしたが、この30年デフレでは椅子の数が増えず、熾烈な椅子取りゲームを続けざるをえなかったわけですね。椅子の数が増えないとなれば、そこにすでに座っている人が圧倒的に有利になります。スキルを蓄積することが可能ですから、その面でも有利な上、労働法制が座っている人を守りますから。そうした中で唯一シャッフルが可能だったのが定年でした。定年延長の必要性は重々承知の上でやはり危惧するのは、こうしたシャッフル、再チャレンジの枠がこの定年延長で狭められはしないかと言う点です。

 本来は、限定的な正社員の制度やワークシェアリング、さらに適度な雇用流動化でこうした再チャレンジの後押しをするというのが働き方改革の趣旨の一つでもありました。働き方改革を担当していた内閣府の官僚に取材をすると、再チャレンジや雇用流動化のための施策としてリカレント教育(社会人が大学で学びなおすなどの再教育制度)や同一労働同一賃金を熱く語っていました。しかし、残念ながらそういった議論は盛り上がらず、働き方改革といえばとにかく残業を減らすことだけにフォーカスされ、最近ではもう働き方改革は残業の抑制以外議論のされません。この定年延長の議論で、その負の側面にまで光が当たり、政策的な手当てがなされるといいのですが...。

 ロストジェネレーションと呼ばれる世代も今40代から50代に向かおうとしています。残された時間は、思ったよりも短いかもしれません。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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