2018年10月09日

背中で支える日本の平和

 前回のこのブログに書いた通り、日本はアメリカのみならず東アジアに関係する様々な国々と共同訓練などで連携を深めようと動いています。前回はその一つの例としてイギリスとの連携について書きました。こうした共同訓練は直接的に我が方の能力を見せつけることによる抑止効果も狙いとしてあるわけですね。

 一方で、こうした訓練とは一線を画しつつもその力を垣間見せる活動もあります。その一つが、国際緊急援助。先月末に発生したインドネシア・スラウェシ島の地震および津波災害にも派遣されています。

<インドネシア・スラウェシ島で起きた地震と津波で大きな被害を受けた島中部パルの空港に6日、日本の国際緊急救助隊として派遣された航空自衛隊のC130H輸送機1機が初めて到着した。国際協力機構(JICA)によるテントや浄水器、発電機といった約9トンの支援物資を届けた。>

 地震発生は9月28日だったので、一部には「援助が遅いじゃないか!」といった見当違いの批判もありましたが、国際緊急援助といえど他国の軍隊(自衛隊も国際法規上は軍隊)が自国内に入るので、受け入れ側の被災国がすぐに許可を出すとは限りません。実は今回もインドネシア政府から援助受け入れの申し出があったのは発災後3日後でした。

<【ジャカルタAFP時事】インドネシアのウィラント調整相は1日、スラウェシ島地震の被災地へ「外国からの支援を受け入れるとジョコ大統領は決断した」と発表した。9月28日の地震発生以来、各国やNGOから支援の申し出があったが、被災地入りの許可は得られないでいた。被災地支援は軍が担っており、政権が管理できていると主張してきた。>

 外交関係者や防衛省などを取材しますと、申し出があった後すぐさま政府内で検討とインドネシア政府側との調整を開始。翌2日は内閣改造があり、防衛大臣が代わったにも関わらず、3日には外務省から緊急援助隊の派遣とJICA(国際協力機構)を通じた緊急援助物資の供与を決定しました。


 これを受け、3日17時から着任直後の大臣以下副大臣、政務官の政治側トップに背広トップの次官や審議官、各局長、制服トップの統幕長、陸海空の各幕僚長らが一堂に会する防衛会議を開催、その場で防衛省として国際緊急援助活動を行う旨決定が行われ、即座に行動命令が出されました。


 命令が伝達されて4時間かからず、21時前後には航空自衛隊小牧基地所属のC-130H型輸送機がインドネシアに向かって出発しました。搭載する荷物や搭乗する人があらかじめ決まっている旅客機であっても4時間のインターバルでの折り返しは窮屈なスケジュールですが、今回は国際緊急援助でしかも自己完結組織である自衛隊が出るのですから、現地で必要であろう物はすべで積んでいかなくてはいけません。上記防衛省の報道発表にある通り、ただ輸送機を飛ばすだけでなく、現地調整所要因(報道によれば50人規模)にプラスして、現地調整所を開設するだけの機材などもすべて用意し、漏れなく積み込むのに4時間という時間がどれほど短かったことでしょう。

 さらに派遣部隊に襲い掛かったのはそうした時間との闘いだけでなく、自然の猛威もまた、行く手に立ちはだかりました。折しも台風25号が列島を縦断しようというタイミング。3日夜から4日にかけては宮古島の南東400キロ前後の位置にありました。一方、このC-130輸送機の航続距離は航空自衛隊のHPによればおよそ4000キロ。スラウェシ島までは直線距離でも4500キロあまりありますからどこかで燃料などを補給するために降りなくてはいけませんが、その直線上に台風が鎮座していたんですね。
 東西どちらかへ避けなければなりませんが、西側に避けても台湾は台風に近過ぎる上に政治的にも空自の輸送機が降りるのは微妙過ぎる。中国は降ろしてくれそうにないし、ベトナムまで飛ぶのはちょっと心許ない。必然的に、台風を東に避けてまず硫黄島に降り、そこからフィリピンを経由してインドネシアに向かうことになりました。ただ、避けたとはいえ気流の不安定な台風直後の空を飛ぶわけで、積乱雲の合間を縫ってのギリギリの飛行だったといいます。

 そうした紆余曲折を経てインドネシア、カリマンタン島バリクパパンの拠点に到着したのは5日早朝のことでした。インドネシア政府はアメリカ、韓国といった東アジア諸国に支援受け入れを表明しましたから、アメリカ軍は日本の横田基地から、韓国軍も自国から同じくC-130輸送機を出しました。ある意味、同条件で"よーいドン"の競争になったわけですが、アメリカ軍は5日、日本よりも遅く現地着、韓国軍は台風25号の影響もあってC-130の支援は8日からになったそうです。速さばかりを競うものではありませんが、災害緊急援助は一刻を争うものですから、「遅いじゃないか!」という批判は当たらず、むしろその速さを称えてしかるべきではないでしょうか。
 そして、こうした即応体制を当然周辺各国は凝視しています。嵐の中でも輸送機を飛ばすその士気の高さ、そして過酷な環境の中でも事故なく安全に飛ばすその能力、一朝有事の際の動きを各国のプロたちはありありと想像できたのではないでしょうか。

 すでに、現場スラウェシ島では支援物資の輸送に加えて被災した方々をカリマンタン島に輸送する任務にも就いています。


 もちろん、現場の隊員さんたちは抑止力などを計算しながら仕事をしているわけではありません。各々の持ち場で全力を尽くすその背中が、結果として我が国を支えています。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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