2018年10月04日

日英の新たな絆

 先月末から今月アタマにかけて、日本とイギリスの軍事分野での連携を象徴する出来事が相次ぎました。まずは9月末、南シナ海で日英の艦艇が共同訓練を行いました。

<[護衛艦かが(インド洋) 27日 ロイター] - インド洋に長期派遣中の海上自衛隊ヘリコプター空母「かが」は26日、南シナ海へ向かう英海軍のフリゲート艦「アーガイル」と共同訓練を実施した。>

 まずこの記事の冒頭があまり見ない書き出しで、地名が入るはずのところに<護衛艦かが(インド洋)>と入っています。つまり、"かが"にロイターの記者が同行取材していたということを示唆しています。この護衛艦かがはヘリ搭載型護衛艦と言われていて、見た目だけなら空母そっくり。ここに垂直離着陸戦闘機を搭載し、飛行甲板の塗装を耐熱のものに塗りなおせば軽空母として使えるのではないかとも言われている、海自の最新艦です。
 そして、先日南シナ海でこの"かが"と中国軍の艦艇が海空連絡メカニズムを用いて交信する様子を日本テレビのカメラがスクープしましたが、この時にカメラが入っていたのも"かが"。情報の出し方、今回はロイターを通じて国際的にも発信していこうという意図を感じる情報の出し方です。先日このブログで日米英が事実上"航行の自由"作戦で足並みを揃えているのではないかと書きましたが、まず海上ではそうした文脈の中で訓練が進んでいることが見て取れます。

 そして、今月に入り陸上自衛隊もイギリス陸軍との共同訓練を日本国内で行いました。

<陸上自衛隊は2日、北富士演習場(山梨県)と富士学校(静岡県)で行われている英陸軍との共同訓練を報道陣に公開した。国内で陸自が米国以外の陸軍と共同訓練をするのは初めて。
 訓練名は「ヴィジラント・アイルズ(警戒厳重な島)」。公開された訓練で、陸自隊員と英陸軍の兵士20人が輸送ヘリコプターに乗り込み、目標地点に着陸後素早く降りて警戒行動に移る流れを確認した。統合火力誘導訓練では、シミュレーターで英兵士がレーザー照射器で捉えた戦車の情報を指揮所に伝達し、ミサイルや迫撃砲で正確に爆破した。>

 この画期的なところは、今までは陸自部隊がイギリスに出向いて訓練したり、海外での多国間演習でイギリス軍とも訓練することはありましたが、イギリス陸軍部隊が日本に来て訓練を行ったのは初めてということ。昨年末の日英外務防衛閣僚会議(日英2+2)での合意に基づいて行われたという報道がされていますが、今回イギリス軍側はかなり本気度が高いのだと、ある政府関係者は明かしてくれました。
「イギリス軍側はかなりの精鋭を派遣してきている。それこそ、顔を映すのもNGになるような特殊作戦を担う精鋭たちをね」
 その上、この島嶼防衛を眼目とする訓練は、公式にはどこかの国を想定したものではないといいながら、当然尖閣諸島をめぐる中国との対峙を濃厚に意識したもの。かつてキャメロン政権時代のイギリスは経済的にも政治的にも中国と接近していましたが、その当時では考えられないような設定でもあり、アジアをめぐる地政学の変化を感じさせます。

 共同記者会見でイギリス陸軍野戦軍司令官のパトリック・サンダース中将は、
「この地域は世界にとって重要だ。今後の訓練については日本の防衛省と話し合い、コミットしていく」と話し、形はどうあれ、今後もイギリスはアジア地域に関与し続けるということを明言しました。何と言っても外交面では"日中接近"が言われていて、メディアもとにかく友好ムードを醸成しようと必死になっているさなか、こうして安全保障面ではしっかりと向き合うというメッセージを日米だけでなく友好国一体で打ち出している点が今までとの違いを感じさせます。日中平和友好条約発効40周年の10月23日に安倍総理が中国を訪問すると言われていますが、安全保障はまた別だというのは、今までの日本外交にはない展開ですね。

 これまで日本の安全保障は日米安全保障条約一辺倒という感じでした。それは、日本の独立に向け、まずは大日本帝国憲法を日本国憲法に変えるところを先にやったため、西ヨーロッパのNATOのような集団的自衛権で地域安全保障を担うという概念が憲法と齟齬を来してしまったということがあります。現行憲法が制定された1946年から47年当時は冷戦が激しさを増す直前の時期。まだ、国連による集団安全保障で平和を保つことが出来ると信じられていた時期で、それだけに戦力の放棄を行っても国連軍が平和を維持してくれるという思いがありました。このあたり、ベルリン封鎖など東西冷戦の激化を経て1949年に制定された西ドイツの憲法にあたるボン基本法とは大きく異なるところですね。
 さらに、中・ソといった国々だけでなく、豪、ニュージーランドといった西側の周辺各国も戦争の記憶が生々しく、日本と肩を並べて安全を保持するよりもまずは日本の戦力を削ぐことを重視していました。アメリカは極東地域の安全を保つため、NATOのような集団的自衛権行使の機構を模索しましたが周辺各国に難色を示され、アメリカをハブとする2国間同盟を各国と結ぶことで地域の安定を図りました。これは、アメリカが地域で唯一の大国、むしろ世界で唯一の超大国であったからこそ成しえたシステムで、今新たに覇権を狙う国が出てきた段階では上手くシステムが動くかどうか懸念が出ています。
 その上、アメリカ世論は同盟関係を片務的と思い込み、同盟の正当性を疑問視しています。民主主義国家ですから、民意が同盟を否定してしまえば日米同盟も存在できなくなります。今すぐにという激変の可能性は薄いにせよ、長期的に見ればアメリカがだんだんと引いていくシナリオも日本としては意識しておく必要があるでしょう。
 そこで、様々な可能性を模索し、2国間からネットワークでの安全保障への移行を考えた時、イギリスという国には独特の存在感があります。なにより、もはや世界帝国の座から滑り降りて久しいとはいえ、いまだイギリス連邦の筆頭国であることに違いはありません。連邦には、オーストラリア、ニュージーランド、カナダといった環太平洋の主要国が集まっていますから、イギリスを日本に引き付けておくメリットは計り知れません。
 さらに、外交手法として理想に走るアメリカに対し、イギリスは実利重視で解決策を模索する老獪さがあります。ある外交関係者に話を聞くと、
「G7など多国間の外交文書をまとめるときに行き詰まると、イギリスのシェルパ(首相の個人代表にあたる官僚)のところに相談に行くんだ。すると、彼らの経験の中からこれという例を出して文書案を一緒に考えてくれるんだ」
と話していました。伊達に世界に覇を唱えた国ではありません。そうした外交のテクニックはまだまだ日本が学ぶところが多いようです。こうしたノウハウを吸収するという意味でも、日英の新たな接近にはいろいろな意味があるようです。上に挙げたここ数週間のイギリスとの共同訓練のニュースはあまり大きく報じられませんでしたが、将来への布石として非常に意味のあるものなのではないでしょうか。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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