2018年09月26日

とにかく話し合えと?

 アメリカが中国に対して、知的財産権の侵害などを理由に制裁関税の第3弾を発動しました。

<トランプ米政権は24日午前0時(日本時間同日午後1時)過ぎ、中国からの2千億ドル(約22兆円)相当の輸入品に10%の関税を上乗せする制裁措置を発動した。すでに2回に分けて計500億ドル相当への制裁関税を実施したが、中国が不公正な貿易慣行を改めようとしないため、第3弾の制裁措置として関税を適用する輸入品の規模を大幅に拡大した。>

 これに対して中国も600億ドル分のアメリカ産品に関税を上乗せする報復措置を実施し、双方が関税を掛け合うという貿易戦争に発展しています。報復に対する報復として、アメリカ側は第4弾の関税をかけて中国製品すべてに上乗せ関税を課す構えも見せていて、消耗戦の様相です。来月3日に『世界経済見通し(WEO)』を発表するIMF(国際通貨基金)は、この影響も分析しWEOに盛り込むようです。すでにその一部が報道されています。

<国際通貨基金(IMF)が米国発の貿易戦争で米国と中国の実質経済成長率が2019年にそれぞれ最大0.9%程度下押しされるとの分析をまとめたことが24日、明らかになった。関税の引き上げによる貿易の停滞に加え、金融市場の混乱や企業収益の悪化による資金調達コストの上昇が景気に悪影響を及ぼすとみている。>

 こうして世界経済全体にも悪影響を及ぼす可能性が指摘されている米中貿易戦争。一方で識者が指摘するのは、「米中ともに国内の政権支持つなぎ止めのために行っている部分があるので、双方ともに自分から止めるとは言い出せない。この問題は長期化する」という指摘。トランプ大統領側は11月の中間選挙を見据えて、習近平国家主席側はアメリカに攻め込まれているのを最近政敵に批判されているのを報道されているので動くに動けないとの解説がなされています。アメリカから見れば、中国の知的財産詐取の動きは深刻で、これを中国側が止めない限り続くと見る向きもあります。また、歴史学的、地政学的見地から、従来の大国と新たに伸びてきた大国は相当の高確率でぶつかり合う、最悪の場合干戈を交えるという"トゥキディテスの罠"を用いて、米中は遅かれ早かれぶつかり合う宿命にあると解説する人もいます。
 いずれにせよ、大方の見方はこの米中貿易戦争はすぐに収束することはなく長く続くだろうということ。これに対し、日本の各紙社説はお得意の「話し合うべきだ!」という主張に終始しています。


<両国は、あくまで対話を重ね、摩擦解消の糸口を、粘り強く探り続けていく必要がある。>

 踏み込んで世界経済への不安をあらわにしたのは毎日新聞でした。


世界不況の到来に警鐘を鳴らし、直近の世界を覆った大不況、リーマンショックを引き合いにこう説きます。
<ちょうど10年前に起きたリーマン・ショックは、米中両大国を含めた多国間の協調が世界経済の安定に不可欠ということを認識させた。
 当時は保護主義の拡大が不況を深刻化させる恐れがあった。悪循環に陥るのを各国は連携して防いだ。
 そのころよりも米中の経済規模が世界に占める比率は高く、責任も増している。米国は対話による解決を図るべきだ。日本も欧州などと連携し自制を働きかける必要がある。>

 ただ、残念なのがリーマン・ショックを引き合いに出しておきながら、結局対話による解決を図るべきだというお決まりの論法に収まってしまったところ。
 たしかに当事国はアメリカと中国ですから、我が国は第3国として話し合いを促すことぐらいしか直接的に事態に関わることはできないのかもしれません。しかしながら、奇しくも引き合いに出されたリーマン・ショックでも、我が国の金融機関はリーマン・ショックの発端となった証券化商品、サブプライムローンをさほど所有していないから大丈夫だ。影響は軽微と言われていました。リーマン・ショック前年にフランスのBNPパリバなど欧州系の銀行が変調をきたし、徐々にこの危機が意識されだしましたが、日本の金融当局は当時の好景気に酔っていて危機感が薄かったことが分かってきています。このところ公開されている当時の日銀の金融政策決定会合議事録でも、問題が起きた当初は楽観ムードがただよっていて、対処が後手後手に回ったことが読み取れます。

 今月15日でリーマン・ショック10年となり各紙で特集が組まれましたが、問題から最も遠い位置にいたはずの日本経済がかくも大打撃を受けた反省というのはほとんど見られませんでした。この問題がどうして起きたのかの分析と、発覚当時に我が国も含めた各国がどう動いたのかは詳しく書いていたのですが、その後いったん落ち込んだ経済を各国がどのように立て直したのかに言及があまりなかったのです。当時、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)やヨーロッパ中央銀行(ECB)などが異次元金融緩和を断行。迅速に危機対処をしたのに対し、日銀は逆に2007年から始めてしまった金融引き締めを継続。結果として、貨幣量を増やした欧米に対し日本は貨幣量を減らしたんですから当然超円高となり、輸出企業を中心に経済はどん底まで落ち込んだわけですね。

 10年後の現在、あの時のデジャヴのような議論がそこここに見られます。日銀はいい加減異次元の金融緩和を止めるべきだ、"市場のゆがみ"が深刻だ、財政が心配だ、消費増税をしなくては国債が売り浴びせられて破綻する等々...。
 米中貿易戦争で世界経済の先行きは心配するのに、その一方で日本経済に関してはやたらと引き締め方向に走るというのは、自分で自分を殴るような矛盾した議論になってはいないでしょうか。本来であれば、荒波が来るかもしれないとすればそれに備えて船を頑丈にしなくてはいけません。今年度補正予算、そして来年度予算で相応の額の財政出動を積み、その上で負のインパクトの大きい消費増税だって再度の延期を含めて検討する必要があるのではないでしょうか。奇しくも総理や官房長官は、「リーマン・ショック級の景気減速が起こらない限り」消費税を上げると明言しています。<トランプ氏が自国の国民や企業も道連れにして世界を不況に巻き込む事態を引き起こしかねない>(上記毎日社説)のならば、それはリーマン・ショック級の景気減速なのですから、新聞はこぞって消費税増税延期を主張すべきなのですが、寡聞にして私は聞いたことがありません。やはり、自分の書いたことは即座に忘れてしまうんでしょうか。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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