2018年09月19日

南シナ海波高シ

 月曜日は敬老の日の祝日で会社の中ものんびりとした雰囲気でしたが、朝刊の一面を眺めていて「おっ!?」と心がざわつきました。朝日の一面に驚くべき見出しがあったのです。

<防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海へ極秘派遣し、東南アジア周辺を長期航海中の護衛艦の部隊と合流させて、13日に対潜水艦戦を想定した訓練を実施したことが分かった。海自の対潜戦訓練は通常、日本の周辺海域で行われており、中国が軍事拠点化を進める南シナ海に潜水艦を派遣して実施したのは初めて。>

 南シナ海といえば、かねてから中国が軍事力を背景に岩礁を埋め立てて人工島を建設。そこに3000m級の滑走路を持つ空港を建設したり、大型艦船が停泊可能な港を作るなど軍事拠点化を進め、周辺国の抗議にも国際司法裁判所の裁定にも全く耳を貸さずに実効支配を強めるという地域。業を煮やしたアメリカが"航行の自由作戦"で艦艇を派遣し、中国の主張するところの"領海"まで艦を進めるなど、米中のさや当ても行われる緊迫の海です。
 ここに日本の海上自衛隊が護衛艦のみならず潜水艦も派遣し、訓練をしていたというのはずいぶんリスクを取ったなぁと驚きました。そもそも潜水艦のオペレーションというものは秘中の秘ですから、それがこうして一面トップでスクープされるのも驚きでした。この報道を受けたのでしょう、海上自衛隊は急遽写真付きの報道発表で訓練の実施を公表。各紙も翌朝刊で報じました。


<訓練海域はフィリピン西側の公海上で、中国が南シナ海に引いた独自の境界線「九段線」の内側という。>

 中国は独自に設定した"九段線"と呼ばれる境界の内側はすべて自分たちの領域と考えていますから抗議をしてきますが、国際法上、公海での軍事演習は平和の目的を妨げないという考え方がありますので、この訓練自体は国際法上批判を受ける筋合いはありません。そもそもこの南シナ海では、今までも自衛隊の護衛艦が航行したり、周辺国と共同訓練したりと活動してきました。たとえば、中東アデン湾での海賊対処の向かう、あるいは日本に帰る艦艇がベトナムやフィリピンに寄港しての共同訓練や官民交流の一環での親善訪問、練習機の移転などが挙げられます。こうしたことには目立った抗議がなかったのですが、今回は言及しています。

<中国外務省は、17日の定例会見で、中国とASEAN=東南アジア諸国連合は、南シナ海における意見の食い違いを解決するために取り組んでいると主張し、域外国は慎重に行動すべきだと反発しています。>

 確かに訓練を念頭に置いた発言ではありますが、名指しは避けているうえ潜水艦を用いた訓練といった具体的な行為への言及も避けています。だからと言って中国サイドが全く把握していなかったかと言えばそんなことはなく、むしろ詳細に把握したうえで洋上での駆け引きが行われていました。

<南シナ海を航海中の海上自衛隊の護衛艦「かが」と中国軍の艦艇が、偶発的な衝突を防ぐための「海空連絡メカニズム」に沿って連絡をとる様子を日本テレビのカメラが初めてとらえた。

かが通信士「中国艦艇、艦番号572、本艦の針路は270度、速力は12ノットです。どうぞ」

中国軍艦艇「海上自衛隊の艦艇、艦番号184(かが)へ。こちらは中国軍艦...」>

 この中国軍艦艇はかがが南シナ海に入ってから、7日間にわたって追跡してきたとのこと。途中、燃料補給もしながらの追跡ということで、その執拗さがうかがえます。海自側もテレビカメラを入れて訓練を公開。こうしたことはアメリカがこの海域で"航行の自由作戦"をするときに航空機にTVクルーを乗せるなどしていますが、海自がこうして積極的に見せるということに驚きました。中国側へ、軍事力を背景にした海洋進出はこれ以上許さんというメッセージを正確に伝えたいという意図を感じます。

 さらに踏み込めば、陸海空自衛隊の中で最もアメリカ軍との連携が進んでいるのがこの海上自衛隊です。指揮命令系統こそ違えど、準一体運用が行われているといってもいいほど統合が進んでいます。ということで、今回の訓練オペレーションもアメリカ側が把握していないはずはありません。日米の連携で中国と相対するということを改めて明確な意思表示しています。さらにさらに、同じようなタイミングでイギリス海軍の艦艇も南シナ海、パラセル諸島周辺に入っています。

<中国政府は6日、英海軍の揚陸艦「アルビオン」が8月31日に南シナ海・西沙(英語名パラセル)諸島周辺の「中国の領海」を航行したと発表した。中国外務省の華春瑩・副報道局長は記者会見で、「英国に厳正に申し入れ、強烈な不満を表明した」と述べた。>

 英海軍報道官はこの揚陸艦の行動について「"航行の自由"に関する権利を行使した」と述べていて、明らかにアメリカ軍の"航行の自由"作戦を意識しています。要するに、日米英が"航行の自由"作戦で足並みを揃えたと言えるわけですね。今世紀初頭によく言われた中国に対する"関与戦略"、資本主義の仕組みに中国を組み込めばだんだんと豊かになって、それとともに段階的に民主化していくという楽観的な中国観がほぼ崩れ、今や対中包囲網といったものが世界的に狭まってきている、その証左なのかもしれません。「海上自衛隊が中国を刺激している!」という文脈で今回の訓練を捉えるのはあまりに近視眼的で、全体を見誤ってしまいそうです。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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