2018年06月06日

足元の経済は「これでいいのだ」?

 厚生労働省から、4月の毎月勤労統計調査の速報値が発表されました。


 名目賃金は全体で前年同月比0.8%増だったのですが、この数字に物価の変動を織り込んだ実質賃金は前年同月比変わらずの0.0%となりました。完全失業率が2.5%(4月分速報値)という雇用がひっ迫している状況で賃金には上昇圧力があると言われています。一方で日銀は大規模緩和で物価上昇を意図していますから、賃金の伸びと物価の伸びはある意味追いかけっこの状況が続いているわけですね。物価の上昇が賃金の上昇を上回れば実質賃金はマイナスになり、逆ならばプラスになるというのを繰り返す局面のはずなのですが、実際には3月を除き実質賃金はほぼマイナスかゼロ近傍。前回発表の3月の値がプラスに転じたので「おっ!?」と思ったのですが、再びゼロにまで引き戻されてしまいました。とはいえ物価も伸び悩んでいるわけですから、賃金上昇がそれ以上に鈍いということに他ならないわけですね。

 金融当局もこの実質賃金の数字がプラスになるかどうかに注目していて、4月のゴールデンウィーク直前に行われた日銀の金融政策決定会合でも言及があります。

<・賃金面では、実質賃金がプラスとなるかが重要である。労使双方の意識の変化や労働生産性向上に向けた企業の取組みを注視している。>

 今回、実質賃金がゼロにまでまた落ち込んでしまった以上、より一層の踏み込みをしないことには景気の下支えができません。本来であれば、財政出動に期待したいところなのですが、残念ながら国会では相変わらずの森友・加計問題に終始していて、2018年度補正予算の議論などお呼びでないという状況です。では政府の側から出るかといえば、来年度予算編成の青写真となる「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案では消費増税という究極の緊縮策がもはや自明のものとして書き込まれています。

<政府は5日の経済財政諮問会議で、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の原案を公表した。新たな財政再建目標は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)をこれまでの目標より5年遅い2025年度に黒字化すると明記。人手不足に対応するために新たな在留資格を設け、外国人労働者の受け入れも拡大する。今月中旬に閣議決定する。
 PBの黒字化は、社会保障などの政策経費を新たな借金なしで賄えることを示す。目標時期を24年度とする案もあったが、19年10月の消費増税や東京五輪後に予想される景気の落ち込みに備え、財政出動の余地を残した。>

 新聞の経済欄はプライマリーバランスの黒字化目標を"5年も"先送りした!と批判していますが、これはこのブログでは再三指摘してきた通りお門違い。国家財政を家計と同じに考えると「借りたお金はキッチリ返すべきだ!」となって、「約束の期日までに健全化も出来ないのでは先が思いやられる!」という批判になるのでしょう。先週のエントリーでも指摘しましたが、国は死にません。ですから、稼ぎに対して債務残高の割合が安定していれば問題がないと、国内外の多くの経済学者たちが指摘しています。国の稼ぎ=GDPですから、この割合を債務残高対GDP比といい、この数字(%で表されます)が急上昇(発散と言ったりします)せずに安定していれば特に悲観する必要はないわけです。

 それよりも問題は、2019年10月の増税がもはや自明のものとして書かれ、増税を前提に「財政出動の余地を残した」となっていること。逆に読めば、「増税しない限りは財政出動はできませんよ」となります。
 消費税の増税による景気の下押しはご存知の通り、ジワジワと家計や企業の経済活動に効いてきます。一方で財政出動はインフラ投資などがその典型ですが、派手で即効性がありアピール力にも優れています。となると、選挙が近い政治家や予算が欲しい他の各省庁からすると、「財政出動やってくれるんなら、消費税の増税OK!(増税のデメリットは見えにくいからさ)」という消極的賛成のモチベーションが生まれてしまうんですね。その意味で、今回の骨太原案の増税と財政出動があたかもリンクしているに思える記述は非常に罪深いし、将来に禍根を残す可能性が高いと私は思うのです。

 国会もダメ、政府も期待薄となれば、ここは日銀の出番ということですが、果たしてというかやはりというべきか、こちらも不穏な動きがみられます。

<日銀が4日発表した5月の資金供給量(マネタリーベース、月末残高)は前月比1.1%減の492兆6269億円だった。3カ月ぶりに減少した。>

 以前この欄で指摘した、隠れた金融引き締め、「ステルステーパリング」が実は発動されているのではないかと疑ってしまうようなニュースです。もちろん、資金供給量の増加が経済のすべてではなく、この低金利が続くと人々が信じてお金を借りて投資を増やせば経済は回っていくのですが、何かぬるま湯のまま「これでいいのだ」と政府も国会も日銀も停滞しているような気がしてなりません。日本を取り巻く周辺環境が、地政学的にも経済的にもこのまま変わらなければそれでも徐々に、ほんの少しずつ景気が良くなっていくので「これでいいのだ!」なんでしょうが、果たしてそうか。私には吹けば飛ぶような脆弱性を感じるのですが...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

最新の記事
アーカイブ

トップページ