2018年03月21日

ヨコタテぐらいちゃんとやろうよ

 今月半ばに行われた日銀の金融政策決定会合で出された「主な意見」が公表されました。この「主な意見」が出ると毎回のように書いていますが、どうしても各紙経済欄は金融緩和がお嫌いのようで、そのリスクばかりが決定会合でも強調されたかのような記事になっています。

<大規模金融緩和の継続を念頭に、ある委員が「低金利環境がさらに長期化すれば、金融仲介が停滞するリスクがある」と述べるなど、緩和長期化の副作用を検討する必要性を訴える声が目立った。>

<会合では「低金利環境が長期化すれば先行き(銀行の)金融仲介が停滞するリスクがある」など、金融緩和の副作用に懸念を強める意見が目立った。>

<日銀が目標とする2%の物価上昇が遠いことを踏まえ、「強力な金融緩和を粘り強く進める」との見解が政策委員の大勢を占めた。一方で、超低金利による金融機関への影響など、副作用への目配りを複数の委員が求めていたことも明らかになった。>

 見出しだけ見れば、保守寄りの産経もリベラル側にシンパシーのある毎日も判で押したように同じ。「金融緩和の副作用が心配だ!それを指摘する意見が多かった!」という見出しを掲げています。金融緩和の副作用ばかりが強調されますが、一方で金融緩和の成果である失業率の低減(直近の数字で2.4%まで低下)など雇用の改善は一切触れられていません。ただ、さすがにやりすぎを感じたのか、毎日だけ記事の中では金融緩和を進めるとの見解が大勢を占めたとリードで書いています。結果的に、見出しとリードが正反対のことを書いていて、記事の中で整合性が取れずにおかしな記事になってしまっているのですが...。それでも、毎日の記事は終わりに<一方、「金融緩和の余地はそれほど多くないため、デフレ脱却のためには財政政策の協力が必要」として、政府の財政健全化目標を緩めるよう求める意見もあった。>ともあり、政府に財政出動を促す意見も出たことに触れていますので、例に挙げた3つの記事の中ではダントツで両論併記的な記事になっています。

 では、公表された「主な意見」では金融緩和の副作用についての指摘がどれだけオンパレードになっているのか?覗いてみますと、ああやっぱりねという感じです。


 Ⅱ.金融政策運営に関する意見の中には12の意見が羅列されていますが、金融緩和がもたらリスク、具体的には金融機関の経営体力に及ぼす影響に言及しているのは1つだけ。あとは、ETFなどのリスク性資産の買い入れについてやや慎重な意見が1つと、今後物価が上がり潜在成長率が上がってきた場合には注意が必要という指摘が1つあるだけ。これでどうして、「副作用の指摘相次ぐ」なのか...。呆然としてしまいます。

 さて、こうした発表資料を新聞記事にすることを、俗に「ヨコタテ」と言います。今回の日銀の発表資料もそうですが、記者クラブに配布される発表資料は大抵横書きです。これを縦書きの新聞原稿に直すので、ヨコタテ、またはタテヨコと言います。このヨコタテという記事作成手法自体が、まったく取材していないじゃないか!役所の見解の垂れ流しじゃないか!という批判にさらされたりもするわけですが、残念ながら今回の金融政策決定会合に関するニュースではヨコタテすら満足にできない記者が散見されます。
 あるいは、記者クラブで発表資料とともに配布される解説資料や記者向けレクチャーで「副作用への指摘が相次ぎました」と言われると、原本に当たるよりもそちらを優先してしまうんでしょうか...。いずれにせよ、たった3ページ4ページの資料すらヨコタテできないようじゃ、支局からやり直せ!と思ってしまうのですが...。

 それとも、もっと深い理由があるのでしょうか?たとえば、今まで金融緩和なんて意味がないと書き続けてきたから今更後に引けなくなっているとか。日銀の審議委員の方々も、成果が上がりつつあるのにどうしてこんなにも頑なに金融緩和に反対の記事が出てくるのか疑問に思ったようで、「主な意見」にはこんな興味深い指摘がありました。

<・「量的・質的金融緩和」への反対意見の中には、心理学で認知的不協和と言われるものがある。これは、自分の認識と新しい事実が矛盾することを快く思わないことである。「量的・質的金融緩和」で経済は良くならないという自分の認識に対し、経済が改善しているという事実を認識したとき、その事実を否定、または、今は良くても将来必ず悪化すると主張して、不快感を軽減しようとしている。>

 エライ記者の方々におかれましては、自分が一度世に出した論考を自身で否定するのはプライドが許さないのでしょうか?官僚の無謬性信仰が文書の書き換え、改ざんを生んだように、記者の、あるいはメディアの無謬性信仰が記事の捻じ曲げを生んでいるような気がしてなりません。<今は良くても将来必ず悪化すると主張>するのならまだよくて、さらにもう一歩進むと近い将来に経済が悪化することを願ったりしてしまうわけですね。そうなると、GDPなどの経済指標が少しでも悪化すると大きく報じ、全体が良くても悪くなっているところを見つけては批判する(たとえば失業率は下がっても非正規雇用が増えているだけと報じるなど)ということが横行するわけです。
 こうした記事が、メディアの信頼性を傷つけているのは言うまでもありません。受け手側の自衛策としては、残念ながら1次ソースに当たるクセを付けることしかなさそうです。ネットの進化により、今は報道発表資料がほぼリアルタイムでホームページ上に上がっています。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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