2017年11月20日

ひそかに進行する金融引き締め

 先日、9月の日銀・金融政策決定会合の議事要旨が公表されました。その内容で、ザ・ボイスのコメンテーターとしても何度も出演してくださった片岡剛士審議委員の発言に注目が集まっています。

<この会合で日銀は金融緩和策の「現状維持」を決めたが、ひとり反対した片岡剛士審議委員が、いまの金利水準が「十分に緩和的か疑問」などと主張していたことがわかった。>

その主張は、ザ・ボイスに出演していた当時とほとんど変わっていません。

<議事要旨によると、片岡氏は「資本・労働市場に過大な供給余力が残存している」として、2%の物価目標の達成にはもっと需要を増やす必要があると主張。それには、いまの金利水準ではまだ十分に低くないとの認識を示した。>

日本の20年デフレの原因は需要不足。だから需要と創出しなければならないが、日銀としてそれをやる手段は金融をさらに緩和する以外に方法はないということです。


 このA4で15枚の議事要旨を見ると、需要不足に言及しているのは、片岡さんが発言したこの部分のみ。それ以外は、内外の経済指標の好調を根拠として、需要も増加しているのではないかという楽観論が多数を占めていました。内外の経済指標がどんなに好調でも、物価が上がってこずに緩やかなインフレにまでは来ていません。この状態は、海外の好景気に引っ張られて好景気だと言われたのに物価は上がらなかったリーマンショック前、2006年、07年あたりと非常に似ています。ここ最近、当時の金融政策決定会合の議事録が10年経って続々と公開されていますが、物価が少し上がったのを機に、政府の制止を振り切って金融緩和を止めて引き締めに移行していくさまが見て取れます。リーマンショックの衝撃が大きすぎて、その後の不景気はすべてリーマンショックのせいだと思いがちですが、その前に金融政策が引き締めに転じていて景気がやや減速していたというのも忘れてはいけません。実は、今回もひそかに少しずつ金融政策を引き締め気味にしているという気になるデータもあるのです。

現在の日銀の金融政策は、先の金融政策決定会合議事要旨にも別紙である通り、
<長期金利:10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。買入れ額については、概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約80兆円)をめどとしつつ、金利操作方針を実現するよう運営する。>
となっています。10年債の利率がゼロになるように、国債が市場に出てきて値段が下がり金利が上がった場合には国債を買い入れ、逆に国債が市場にほとんどなくなり利率がゼロ近傍に張り付いた場合には買い入れない、場合によっては国債の放出もありうるということです。そして、その買い入れも野放図にするものではなく、年間80兆円をメドとするということである程度キャップをはめています。「当面の金融政策運営について」というタイトルで書かれれば、年間80兆円を目標に国債などの買い入れを行っているのだろうと誰もが思いますね。ところが、その目標に沿って日銀の国債保有残高が増えているわけではないのです。

 日銀が毎月10日、20日、月末の月3回公表している営業毎旬報告。ここの「国債」の内訳という欄があり、保有長期国債残高が載っています。これで、今年の年初(2016年末現在)と10月末現在を比較してみましょう。



 年初の長期国債残高はおよそ360兆円。一方、10月末現在では411兆円で、その差は51兆円。10か月で51兆円しか増えていません。年間目標の80兆円との差は29兆円。これをあと2か月で詰めるというのは市場に対して相当なショックが考えられ、やろうと思ってもできないでしょう。買っている買っていると言い募りながら実は少しずつ買い入れ額を絞っていたというのを、市場筋は「ステルステーパリング」(隠れた金融引き締め)と呼ぶそうです。

 金融緩和に懐疑的な新聞や雑誌などは、どんなに緩和しても物価が上がらないのだから意味がない。国債買い入れを止めて、むしろ金融を引き締め方向にすべきだと主張しますが、実はその日銀でさえも、すでにひそかに引き締め気味に移行している。片岡さんは、そんな事実も念頭に置きながら、金融政策決定会合で孤独な論陣を張ったのではないかと思います。
 今、このひそかな引き締めの流れを変えなければ、このままズルズルと引き締め方向に進んでしまう。結果、2007年と同じように、景気は悪くはないが決して良くもないぬるま湯状態に落ち着いてしまうのではないかという危機感です。その状態は、そのままならば誰も文句を言いませんが、なにか大きなショックが起こればたちまちガラガラと崩れ落ちる脆弱な安定です。歴史に学び、歴史の失敗を繰り返さないように、まさに今が正念場なのではないでしょうか。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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