2017年09月11日

小田急線車両火災事故の教訓

 猛火が吹き上がるボクシングジム。その炎が目の前に停車した列車の屋根に燃え移るという衝撃的な映像が、週末のニュースを席巻しました。

『小田急小田原線の沿線で火事 一時車両に燃え移る』(9月10日 NHK)https://goo.gl/81f389
<10日夕方、東京・渋谷区の小田急小田原線の沿線にある3階建ての建物から出火し、一時、火が電車の屋根に燃え移りました。乗客は線路を歩いて避難し、警察によりますと、けが人などはなかったということです。>

 今日(11日)までに様々な報道がなされていて、現場でどんなことが起こっていたのかがわかってきました。
 まず、昨日(10日)午後4時ごろ、小田急小田原線の代々木八幡・参宮橋間で沿線火災が発生。通報を受けて現場に駆け付けた消防は、炎の勢いが強いということもあり、線路側からも消火活動したいということで、現場の消防から警察に要請。警察は付近の踏切にある列車非常停止装置を作動させ、現場付近での列車の往来を停止させ、安全に消火活動ができるように措置しました。
 しかし、そこに問題が生じました。折悪く、その時、小田急小田原線の各駅停車新宿行き(8両編成)がちょうど現場付近を通りかかり、現場の目の前で非常停止してしまったのです。炎の勢いは強く、列車の前から2両目の屋根に燃え移りました。火災を確認した運転士は列車の移動を試みますが、現場消防士は一刻も早く列車を停止させ、乗客を避難させるべきだと判断。列車は直後に停車し、乗客避難を開始。およそ30分後に全員の避難が完了したということでした。

 ここで大方が疑問に思うのが、どうして火災現場の目の前に列車が停止したのかということ。緊急停止といっても、現場を通り過ぎてから止まればいいではないか!という意見が出ても仕方がないところです。
 しかしながら、これはシステム上非常に難しい。一度止まらねばならないのです。というのは、今回非常停止ボタンが押されたのが、新宿行きの列車からすると現場の先の踏切でした。通常、踏切の非常停止ボタンは踏切上で何か問題が起きた時に押されるもので、その際の列車の適切な運行は踏切に進入せずに止まること。そもそも、非常停止ボタンが押されると、非常ブレーキが作動し、ほぼ自動的に列車が止まります。今回も、そのシステムに従って列車が停止したのでした。

 有事の際にはまず列車を止めろということが、今の鉄道マンには叩き込まれています。かつて、軽微な脱線事故の後に、後続列車を止めることができずに大惨事を招いた例は枚挙にいとまがありません。悪名高い三河島事故や鶴見事故といった多重鉄道事故は、まず脱線した列車に後続列車が停止できずに突っ込み大惨事を招きました。その後、列車自動停止装置(ATS)が整備され、異常が発報された場合には付近を通過する列車は即座に停止するようなシステムが構築されました。

 一方、列車が火災になっているのにどうしてそこにずっととどまったのか?もっと早く、炎が燃え移る前に移動できなかったのか?という疑問もあります。これに対しては、結論から言えば運転士は精一杯仕事をしたのではないかと私は思います。前述のとおり、運転士としては踏切で何らかの異常があったことを真っ先に疑いますので、その分時間がかかったようです。

『現場に8分、延焼招く=緊急停止、運行再開で―小田急線火災・警視庁』(9月11日 時事通信)https://goo.gl/g5S6cU
<運転士は当初、踏切に異常があったと思い、降車して確認に向かったところ、近くの建物から火が出ていることに気付いた。急いで安全な場所に電車を動かそうとしたが、非常ボタンを解除し、司令所から運転再開の許可を得るまでに約8分を要した。
 この間に建物から2両目の屋根に火が燃え移ったが、電車は火が付いたまま前進。消防隊員の指摘で初めて屋根が燃えていることを知り、約120メートル進んだところで再び止めて乗客を避難させたという。
 小田急電鉄は「安全確認の必要もあり、この程度の時間は必要だ」としている。>

 非常停止ボタンが押されて付近の列車の走行が止められている場合、列車を動かすには運行指令の許可が必要です。そして、許可された場合も、徐行で注意しながらの走行になります。一旦停止した後に動き出した際にも、遅いじゃないか!こんな非常時に徐行しているな!といった批判もあるのですが、これも元々の規定通りの行動であったわけです。

 ということで、既存の安全装置は設計通りに作動したのに、乗客がリスクにさらされ、車両の屋根の部分に火災が燃え移ってしまいました。これは何とかしなくてはいけません。火災の際にどうすべきなのか?そして、マニュアルをどこまで尊重するべきなのか?
 鉄道火災でマニュアルを無視し、結果的に乗客の命を救った例としては、特急日本海の北陸トンネル火災があります。1969年(昭和44年)、13キロ以上に及ぶ長大な北陸トンネルを通過中の特急日本海で火災が発生しました。当時の国鉄のマニュアルではトンネル火災の際は速やかに現場で停止すべしとなっていましたが、乗員の咄嗟の判断で火災車両を連れたままトンネルを脱出。その後火災を処置したため、けが人を出さずに済みました。
 一方、その後1972年(昭和47年)11月6日、同じように食堂車から出火した急行きたぐにはマニュアル通りにトンネル内で停止しました。ところが、老朽化した車両で燃えやすかったということもあり、延焼。死者30名を出す大惨事となりました。死因の多くは一酸化炭素中毒。マニュアルに従ってトンネル内で停止したことで、煙に巻かれ惨事が拡大してしまったわけです。

 今回の小田急線の事案に照らせば、最善は非常停止システムに抗ってでも列車を通過させてしまえばよかったわけですが、システム上それはできません。非常ブレーキが自動で作動し、列車は停止してしまうわけですから。特急日本海の事例のようなマニュアル無視は初めから無理なわけです。そういった例外を許すと、例えば踏切で立ち往生した車両があったときに列車が冒進してしまってかえってリスクが高まります。
 ということで、現場の人員の判断に頼るのではなく、システムをどう改善するのかに焦点は絞られます。
 次善の策としては、沿線火災の際は今回のように踏切の非常停止ボタンを押すのではなく警察・消防と鉄道会社が連絡を取って列車の往来を停止させる仕組みを構築することが求められます。列車を止めて消火活動の支障にならないようにすれば目的は達成されるわけですから。問題は、警察・消防と各鉄道会社との間に一つ一つホットラインを構築する必要があるわけで、時間がかかりそうなことでしょうか。
 あるいは、現場の警察や消防に、左右を見て列車がいないことを確認してから非常停止ボタンを押すように訓練することも代替策でしょう。ただ、一刻を争う火災の時にそうした冷静な判断ができるかが疑問です。システムを改善するのに、そのキモの部分を属人的にしてしまうのは不安が残ります。
 また、列車にも無線送受信機を積んでいますから、緊急の際に共通周波数帯の緊急チャンネルを設定することも考えられるかもしれません。ただし、これは列車の運行を指示する主体が火災現場の対策本部と運行指令の2系統になるので、それはそれで問題が生じる可能性があります。
 ここまで検討してきて可能性が高いのは、警察・消防と鉄道会社のホットライン構築でしょうか?いずれにせよ、今回の事案は既存の安全装置の盲点を突いた事故。警察・消防・鉄道の早急な対応を期待します。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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