2017年07月17日

防衛費って、膨張しているの?

 先月「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる骨太の方針が閣議決定され、来年度予算についての駆け引きがすでに始まっています。財政の行方を非常に心配し、できればその膨張を食い止めたいという向き(つまり財政緊縮派)が最も気にするのは社会保障費と防衛費。早くも、来年度予算の防衛費の膨張を警戒するような報道が出始めています。

『防衛費4年連続5兆円超 来年度予算、過去最高要求へ』(7月17日 日本経済新聞)https://goo.gl/vHxwJN
<防衛省は2018年度予算の概算要求で5兆円超を計上する方針だ。5兆円超の要求は4年連続で、17年度当初予算より増やし、過去最大の要求額となる見通しだ。核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威への対応や、対中国を念頭に置く離島防衛を重点とする。中国やロシアが開発に力を入れる探知しにくい最新鋭ステルス機に対応し、次世代レーダーの開発にも着手する方向だ。>

 4年連続5兆円超と書けば、なるほど安倍政権になってからずっと防衛費が膨張し続けているのだなという印象になりますし、毎年5兆円とは何と多額!という印象になるわけですが、考えてみれば520兆のGDPを持つ我が国にとって、5兆円はわずか1%弱。昨今、アメリカのトランプ大統領がNATOなど同盟国に要請し、未達成を批判しているのはGDP比2%ですから、その半分に満たないわけです。北朝鮮情勢の緊迫化や中国の膨張などの周辺情勢を考えれば、本来は「足らんだろう!」という批判はあっても、「多すぎる!」という批判はなかなか理解できません。もちろん、「多すぎる!」とあからさまに批判しているわけではなく、いわゆる「ほのめかし」にとどめて、文字面を読むと断言はしていないわけですが...。

 その上、こうした記事は防衛予算が出るごとに出てきます。毎回判を押したように「予算が多すぎるのではないか?」とほのめかすのです。今年度予算の編成過程でもそうでした。

『防衛費、過去最大の5.1兆円前後に 17年度予算案』(2016年12月10日 朝日新聞)https://goo.gl/riwMaO
<政府は、2017年度予算案の防衛費を過去最大の5兆1千億円前後とする方針だ。海上保安庁の予算も、要求の2005億円を上回り過去最高とする見通し。ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮対策を強化するほか、中国の活動を念頭に周辺海域の警戒態勢を強めるねらいだ。
(中略)
政府が昨年6月に決めた財政健全化計画では、社会保障費を除く政策経費の増加を年300億円程度に抑える目安を設けている。ただ、今年度の第3次補正予算案で「ミサイル防衛システム」の整備前倒しといった防衛関連に2千億円近くを盛り込む見通しで、防衛費は「特別扱い」が続く。>

 「防衛費が財政健全化の例外、特別扱いをされている。これは軍事的な膨張ではないか!」というのを滲ませるような書きぶりです。しかしながら、この5兆円もの予算が果たしてどのように使われているのかはあまり報じられることがありません。報じられているのは、北朝鮮に対しての迎撃ミサイルの回収や新型の潜水艦の建造など。これだけを見ていると、日本の自衛隊は相当兵器に対して投資を続けているなぁと思います。報じられている通りなら、これは相当な軍事的な膨張ですが、その割には中国の公船といわれる船は領海侵犯を繰り返していますし、北朝鮮は毎週のようにミサイルを発射しています。
 実は、この5兆円を超える予算はそのほとんどが新たな兵器への投資以外に使われているのです。しかも、それは隠されているわけでもなんでもなく、防衛相の公表文書、防衛白書で毎年指摘されているのです。現時点で最新の防衛白書である、平成28年版防衛白書を見てみます。

『2 防衛関係費の内訳』(平成28年版防衛白書)https://goo.gl/g5DJ4u
<歳出予算で見た防衛関係費は、人件・糧食費と歳出化経費という義務的な経費が全体の8割を占めており、残り2割の一般物件費についても、装備品の修理費や基地対策経費などの維持管理的な性格の経費の割合が高い。このため、歳出予算で見た場合、単年度でその内訳を大きく変更することは難しい側面がある。>

 専門用語が多いので難しく感じるかもしれませんが、歳出化経費というのは前の年度までに契約した装備品などの繰り延べ支払額。艦艇や戦車、航空機を例にとると分かりやすいのですが、防衛装備品は単価が高いのと、納入までに時間を要します。一方で日本国の国家予算は単年で編成しますから、契約初年度は一般物件費という通常経費で支払い、その後は「歳出化経費」という別枠を作ってそこで支払っていきます。この歳出化経費はすでに契約して支払いが決まっているものですから、ここを削ることはできません。
 問題は、この企業会計なら固定費と呼べるものがどれほどかということ。人件・糧食費が44.2%、歳出化経費が35.3%。2つを合わせると、79.5%!実に8割に上ります。さらに、残り2割の一般物件費も維持管理的な経費が多いということで、果たしてこれで「軍事的膨張」といえる程の軍事的な投資が可能なのでしょうか?報道されたイメージと実際はだいぶ乖離があるように思えます。

 そして、4割強を占める人件・糧食費についても、果たしてこれで十分かという議論がほとんどなされていません。
 かつて自衛隊は、就職の難しい地方部で盛んにリクルーティングが行われてきました。公務員であり、寝食が保障され、福利厚生がしっかりしているということで隊員募集もスムーズだったそうですが、今は違います。陸上自衛隊で募集の統括をしている方に聞いたことがあるのですが、今は訓練の厳しさや集団行動などが嫌われ、なかなか難しいそうです。その上、景気が上向けば給料・待遇のいい他業種に流れてしまうのでなかなか定員に達しません。防衛省・自衛隊の充足率は全体では9割を超えますが、実際に組織を手足となって動かす「士」と呼ばれるいわゆる兵士は75%に過ぎません。

『防衛省・自衛隊の人員構成』(防衛省HP)https://goo.gl/LszWWh

 民間企業でも同じですが、現在の条件で募集が上手くいかなければ手っ取り早いのは条件の改善。ありていにいえば、給料を増やせばいいわけですね。そうでなくても民間でも人手不足がこれだけ言われているわけですから、自衛隊としても隊員確保へ給料アップをしなくてはいけません。
 ところが、ここ5年以上、自衛隊の人件・糧食費はほとんど伸びていません。北朝鮮のミサイルに対抗するため、また中国の膨張に対処するために兵器の増強については叫ばれますが、これら兵器を扱うのは訓練された人間。いくらハイテク化されているとはいえ、最終的には一定程度の人員が必要なわけです。そして、現状は特に現場の人間が完全に足りているとは言えない状況。
 これは控えめに言っても大問題なのではないでしょうか?現状のほとんど増やす余地のない防衛費を「軍事的な膨張だ!」と批判する左派メディアも問題ですが、右派も問題がないとは言えません。どちらかといえば安全保障を重視する右派のメディアも、兵器の増強一辺倒で人件費まで言及するメディアは多くありません。
 安全保障でも「人財」を大切にしなくてはいけません。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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