2017年06月12日

国民保護のあり方について

 先週、自民党の安全保障調査会が総理に対し、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えた国民保護の在り方についての提言を行いました。具体的な検討事例を示して提言を行っているあたり、今までとは違う危機感を感じます。

『自民党、国民保護でシェルター新設など安倍晋三首相に提言』(産経新聞 6月8日)https://goo.gl/WOBoMj
<提言は「住民の避難・訓練」として、シェルター新設の検討や、人口密集地での地下街への避難訓練の取り組み、化学剤などを用いた攻撃への対処訓練など、より実践的な対応を要請した。弾道ミサイル落下時の行動を多くの国民に認識してもらうため、テレビCMなど政府広報の活用や、全国瞬時警報システム(Jアラート)のさらなる周知なども求めた。>

 この提言について各紙が報道していますが、以前のように「危機を煽って世論を右傾化させようとしている!」といった批判はほとんどありません。さすがに、4週連続で様々な種類のミサイルを発射している北朝鮮を前に、危機を煽るのではなくまさに目の前に危機が迫っているのではないかという考えが浸透していることがわかります。内閣官房の国民保護ポータルサイトのアクセスが、4月以降朝鮮半島情勢の緊迫化によってかなり増えたことからも見て取れます。

参考 『内閣官房国民保護ポータルサイト』http://www.kokuminhogo.go.jp/

 まだこれは提言に過ぎませんが、人口密集地での地下街への避難訓練などは喫緊の課題。せめて関係省庁の机上演習だけでもやっておかなくては、ぶっつけ本番ということになりかねません。

 さて、この提言には国内の国民保護に加えて、韓国にいる在留邦人についても言及がありました。

『国民保護のあり方に関する提言』(自民党HP 6月6日)https://goo.gl/cr8afn
<有事の際に在韓邦人の迅速な退避を実現するため、政府は、当面の間、韓国への渡航者に対し、企業・教育機関・旅行代理店・航空会社等の協力のもと、在韓日本大使館発行の「安全マニュアル」に基づき緊急時の行動要領を周知徹底するとともに、邦人輸送については民間の航空機及び船舶の活用も含めて万全を期すべく、航空・船会社との連携を強化すること。>

 このブログでも以前紹介した在韓国日本大使館発行の安全マニュアル。この4月に改訂されています。

『安全マニュアル』(在韓国日本大使館HP)https://goo.gl/B7FNfa

 大使館と在韓邦人の連絡の取り方などがSMS(携帯文字メッセージ)を使ったものになり、その使い方などが詳しく書かれるようになりました。ただ、これはマニュアルの問題ではないのですが、大使館との連絡方法などは進化しても、退避に関する記述はさほど変化はありません。退避の根幹は早期行動。これに尽きます。マニュアルをよく読めばわかるのが、空港が閉鎖されるかどうかがキモになっているのです。空港が閉鎖されてしまえばあとは究極、各人が自宅や待避所で待機するか、後方の安全地域(例えばプサンなど)へ避難することになります。

 ということで、事態が変化し出してから空港が閉鎖されるまで十分に時間があれば、多くの人間を退避させることができますので、どれだけ時間を稼げるか。
ここがポイントとなるわけですが、それに関して参考になる事例がおよそ30年前にありました。
 イラン・イラク戦争です。
 1980年にイラク側の奇襲から始まったこの戦争、前線でのこう着状態を経て1985年3月、イランとイラクは相互の年をミサイルで攻撃し合う局面に。初めは国境近くの都市を標的にしていましたが、徐々に首都テヘランにもミサイルが飛来するようになり、さらにイラク機がテヘラン市街を空爆するようになりました。この1985年3月、刻一刻と状況が悪化していく様子を、当時の野村駐イラン大使はこう語っています。

『第9話 『なぜ、日本は救援機を出さなかったか?その真実を知る』』(特定NPO法人「エルトゥールルが世界を救う」HP)https://goo.gl/zJERWr
<85年3月5日頃から両国の都市攻撃が開始し、戦火は次第に激しさを増していきました。12日未明、イラク機3機がテヘラン市街を空爆、それが日本人学校の先生宅の2軒隣に落ちて5人の死者を出したことは、日本人社会に対して大きな衝撃を与えました。攻撃の激化が予想されたため、私は16日に避難勧告を出しました。

翌17日、フセインがイラン空域を戦争空域として宣言、民間航空機も全て撃ち落とすという歴史的にも類を見ないような声明を出し、これが邦人脱出の大きな根本原因になりました。>

 情勢悪化が始まり、攻撃の激化を見越して現地の判断で退避勧告を出しましたが、その直後にイラクは空域封鎖を宣言。海外航空会社の空席を抑えるのはほぼ絶望的な状況になりました。テヘランに残された邦人は激しくなる空襲の下、空席を探してテヘラン中を駆けずり回りましたが、各国の航空機は当然自国民優先。空席が出てくるはずもありません。そんな中、危険を冒して救援に来てくれたのは日本の航空機ではなく、トルコ航空機でした。

 このように、情勢悪化が始まってからの変化は非常に早いことがわかります。そして、このテヘランの例のように、実際に攻撃がなくても、空域封鎖のようなことをちらつかせただけでも、民間航空会社は震え上がって航空便のキャンセルとなってしまうことが考えられるわけです。特にソウルには何千という北朝鮮の大砲が狙っているといいますが、それらの砲弾は角度を変えれば航空機を狙うことだって訳ないわけですね。
 ある航空関係者に、朝鮮半島有事に航空機を出せるかどうか聞いてみたことがあります。すると、
「完全な有事となればまず難しい。安全が保てない。安全が担保されなければ民間機が飛ぶのは難しいだろう。」
という答えが返ってきました。また、そうした兆候があるだけでも運行はイレギュラーになると明かします。
「乗員組合はおそらくリスクのある路線の搭乗には難色を示すだろう。となると、管理職で飛ばすしかないがどこまでできるか...」

 外務省が渡航に関する情報を出さない限り、建前上は安全ということになっています。しかし、30年余り前のテヘランの例にように、退避勧告を出した直後に航空封鎖というように情勢は一変する可能性もあるわけです。在韓邦人に関しても、せめて空港までの迅速な移動の訓練や、非常の際に持ち出す荷物をまとめておくぐらいの広報は必要なのではないでしょうか?

 言い古された言葉ではありますが、「備えあれば憂いなし」と強く思います。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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