2017年02月28日

ポスト・トゥルースの時代

「チェック、ダブルチェック...」
事実をしっかりと確認し、さらにウラ取りもして、それでも本当に書いていいのかギリギリまで逡巡するデスクの姿...。2008年に公開された映画『クライマーズ・ハイ』でのワンシーンです。1985年の日航123便墜落事故を報じる地元紙記者の戦いを描いた横山秀夫氏の原作を映画化。冒頭のセリフをつぶやいた日航機事故担当全権デスクの悠木は堤真一さんが演じていました。
 事故原因についての取材を続けている最中、どうやらこれだという「圧力隔壁の破壊」にたどり着いた取材班は、事故調査委員会のキーマンに接触。ネタを当てた結果、あいまいな回答を受けますが、現場の記者は普段接している「サツカン(警察官)ならイエスです」と報告。これを受けた悠木が冒頭のセリフを呟きながら、紙面に載せるかどうかを逡巡するわけです。

 当時私は入社4年目。今のような報道に関わる仕事をしていたわけではなく、泊まり勤務をしながらたまに呼ばれて単発の中継レポーターを任されるという、いわば、アナウンサーとしての仕事が少ない状況でした。それだけに、あのセリフが強烈に印象に残ったんですね。
 寝食を忘れて取材をし、他社に抜かれないように情報を守りながらキーマンと接触、あと一歩で紙面に載るというこの特ダネを、それでも記者の良心において載せていいのかを逡巡している。これぞ報道なんだなぁと、憧れを持ってスクリーンを見つめていたのを良く覚えています。

 さて、今しきりに報道されている森友学園を巡る件について、果たしてこのような「チェック、ダブルチェック」が働いているのでしょうか...。どうも、「怪しいに違いない」「不透明に違いない」といった印象付けの報道が先行してしまっていて、きちんとしたファクトが出てきているのか疑問があります。さらに、土地の取得にまつわる問題に加えて、運営者の森友学園のユニークな教育方針など、様々な「マスコミ的な突っ込みどころ」が出来るだけに、面白おかしく日々取り上げられ、問題の本質がどんどんとぼやけて行っています。

 まずは国有地の取得にまつわる経緯について整理していきましょう。

『国有地を格安売却の経緯は?「森友学園」問題Q&A』(2月24日 日刊スポーツ)https://goo.gl/97EN7q
<土地は、上空が大阪空港への飛行ルートに当たり、国土交通省大阪航空局が騒音対策のため保有していました。学園側が小学校用地として取得を希望し、財務省近畿財務局が交渉に当たりましたが、学園側はまとまった資金を用意できないとして、期間中に購入する前提で2015年5月、10年間の定期借地契約を締結し、校舎建設工事が始まりました。>
<その後、用地の地中からごみが見つかり、大阪航空局は撤去費用を8億円余りと見積もりました。不動産鑑定士の更地の評価額は9億5600万円でしたが、16年6月、近畿財務局は撤去費用などを差し引いた1億3400万円で売却しました。>

 加えて、この森友学園の小学校に安倍総理夫人の昭恵さんが名誉校長を務めていたということがあり、8億円のディスカウントが総理サイドとの関係の深さによって値引きされていたのではないかという疑いがかけられたわけです。

 肝となるのは、総理サイドとの繋がりをもって売却先が森友学園に決まったのかどうか。さらに、この繋がりをもって値引きが行われたのかどうか。
そして、この8億円の値引きというのが論理的なものなのかどうかの2点です。

 まず、売却先の選定については、国有地売却についてはまず立地の自治体に打診があり、次に学校法人や社会福祉法人などに打診が行きます。その2つに全く要望がなければ一般競争入札に移行するというプロセスを踏むようです。

『森友学園問題、衆院委で追及 政府「手続き適正だった」』(2月27日 朝日新聞)https://goo.gl/eNcIii
<民進・福島伸享氏 他の学校や豊中市が取得に意欲を見せたのに、随意契約で国有地を払い下げる単独交渉があった。

 財務省・佐川宣寿理財局長 (当該国有地の)取得要望の受け付けを開始し、大阪府、豊中市から「要望がない」との回答書を受理した。受け付け開始期間の最後に、森友学園から取得要望書が提出された。適切な手続きにのっとった。

 福島氏 なぜ一般競争入札ではなく、随意契約にしたのか。

 佐川局長 府、市からの要望がないなか、森友学園から要望があり、適正に随意契約を始めた。>

 この答弁を見る限り、売却先の選定について、筋が通っているように見えるますが...。また、仮に総理でないにせよ、政治家サイドからの圧力なり示唆があったとすれば、そうした打診をされた官僚側は必ず応接録を付けておかなくてはいけません。そのあたりは、ザ・ボイス火曜日のコメンテーター、元財務官僚の高橋洋一さんが話していました。

『高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ 安倍首相「働きかけ」有無の調べ方 「国有地売却」問題のキモ』(2月23日 J-CAST)https://goo.gl/bszwf5
<政治家から働きかけを受けた場合、応接録を作る。作らないと、責任はすべて役所が被ることになるから、役人側の保身のためでもある。日時、方法、内容などが具体的に記されるので、どこの役所でも定型化された様式があるくらいだ。>

 総理との関連を主張し、「怪しい」と言うのであれば、高橋さんが言うようにまず応接録を請求すればいいと思います。

 次に、8億円のディスカウントについてですが、算出した国土交通省は一部取材に答えていて、「8億円という額が工事単価として高すぎることはない。適切な工事単価です」(国交省の担当者)というコメントを出しています。私も官邸筋や霞が関を取材してみましたが、国土交通省はその豊富な公共事業の経験から、詳細な工事の単価表を持ってるそう。業者からは杭を打った地下9.9mまでにゴミがあったと指摘されたので、これを敷地面積8770平米に当てはめるとこの程度のコストがかかると算出したそうです。不動産の売却に関しては、基本的に売主が土地をきれいにしてから売却する必要があります。ゴミが埋まっていることが発覚した場合には、一義的には元の持ち主、この場合は国側がゴミを撤去してから売らなくてはいけません。

 ただ、ゴミが埋まっているからと言って、全くその土地が使えなくなるわけではありません。たとえば、次の持ち主がしばらく駐車場に使うのであればそこまでゴミの撤去を徹底しなくてもいいのかもしれません。(もちろん、環境関連の関係法令を順守することは前提ですが)その場合には、埋まっているゴミの撤去でコストがかかる分を土地の値段から差っ引いて売却することもできます。結局、元の持ち主が直接ゴミを撤去するか、その分のコストを買い主側に払う形で売却価格から差っ引くかの違いだけですね。
 今回は後者を選んだというわけです。傍証となりますが、この問題となった土地から北西へ1キロほどの別の土地ではゴミの処理に14億円が見積もられた事例もあります。この土地も今回問題となった土地と同じく、伊丹空港の騒音対策で国が買い上げていた土地です。

『地中ゴミ「別の土地」は多額出費』(2月23日 MBS)https://goo.gl/PXjkmA
<豊中市はおととし、学校給食センターを建てるため国から引き継いだ新関空会社から7200平方メートル余りの土地を購入しました。その額7億7000万円余り。しかし購入後、多数のガレキが埋まっていることが判明します。

 「過去の地歴などを調べると田畑だったので、まさかこんなの(ゴミ)が出てくるとは思わなかった。撤去費用として議会に上程しているのは14億3000万円」(豊中市学校給食課 小野雄慈課長)

 土地価格の倍近い14億円以上の撤去費用がかかるという試算。実はガレキの中には有害物質の「アスベスト」も含まれていたことから、費用が高額となったのです。>

この記事では売却価格が豊中市と森友学園で不公平だという締めになってしまっていますが、問題はそこではないと思います。アスベストという特殊要因があったからかもしれませんが、この豊中市の新給食センターの事例は7200平米の土地でゴミの撤去費用の14億。8770平米の森友学園の土地はゴミの撤去費用8億円。こうして比べてみると、「(ゴミの撤去費用を計算せず)周囲の価格と比べて極端に安い値段で売却された」、「8億円があまりに高すぎる」という報道が、事実より印象によった報道だったと言えないでしょうか?

 また、8億円のゴミ撤去費用が見積もられたのに、森友学園の理事長サイドは撤去費用について1億円ほどしかかからないとメディアに話しています。従って7億円分やはり得しているじゃないか!という批判もありますが、売却後土地をどう使うのかは買い主の意志です。どうやら杭を打つ必要のあった校舎の地下についてはゴミを搬出し、その分が1億円ほどだったようですが、校舎は敷地面積全体の半分以下。他の部分までゴミを運び出せばそれなりの金額がかかってきてしまうんでしょう。
 とはいえ、森友学園のごみ処理の方法については、土地取得の経緯とは別に、問題があった可能性もありますので、それについては今後行われる豊中市の調査結果を待ちたいと思います。

 いずれにせよ、現在報道されている事実に基づくと、森本学園への国有地売却について問題があるとすれば、近畿財務局および国土交通省のディスカウントの算定に誤りがあった可能性くらいしか見当たりません。新給食センターの事例との整合性も含めて、詳しい単価表が出てくれば、この問題も解決します。国会審議で議員側から資料提出を求めればすぐに出てくるようにも思うんですが...。一連の「怪しい」「おかしい」と言い募る報道の在り方は、まさしく"ポスト・トゥルース"。最後に、この記事をご紹介しましょう。

『今年の単語に「ポスト・トゥルース」 英辞典が選定』(2016年11月17日 朝日新聞)https://goo.gl/znKfSN
<世界最大の英語辞典であるオックスフォード英語辞典は16日、2016年を象徴する「今年の単語(ワード・オブ・ザ・イヤー)」に、形容詞「post-truth」を選んだと発表した。意味は「世論形成において、客観的事実が、感情や個人的信念に訴えるものより影響力を持たない状況」としている。>

海の向こうの問題のように言われていますが、まさに足元で進行しているような気がします。アメリカやイギリスを見ると、行きつく先はどうなるのでしょうか...。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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