2017年02月20日

教育無償化の論点

 国会は2017年度本予算が衆院を通過しようかというところですが、一方で教育に関する政策が与野党の注目を集め出しています。授業料などを免除する「教育無償化」。先週は自民党が検討する特命チームを立ち上げ、初会合を開きました。

『教育無償化、実現するには... 自民、財源の論議スタート』(2月16日 朝日新聞)https://goo.gl/44sKcc
<授業料などを免除する「教育無償化」の実現に向け、自民党は15日、対象や財源を検討する特命チームの初会合を開いた。教育政策の目玉にしたい考えだが、費用をどう賄うかが最大の課題だ。財源確保のために「教育国債」の新設も検討する考えで、財務省には警戒感が広がっている。>

 教育無償化は再分配政策に分類されると同時に未来への投資でもあります。特に子どもの貧困対策に効くだろうと言われていますから、どちらかといえばリベラル方向の政策。ですから、民進党が推進するのは頷けるんですが、自民党も検討チームを立ち上げたというのが「経済は(どちらかといえば)ハト派」という安倍政権を映しているようにも思えます。

 そもそも"子どもの貧困"といいますが、2013年の国民生活基礎調査によれば、相対的貧困状態の子どもが16.3%。6人に1人が相対的貧困状態といえます。そして、相対的貧困とは、世帯の可処分所得(いわゆる手取り収入)を世帯人員の平方根で割って調整した「等価可処分所得」を低い順に並べた中央値の半分未満の世帯。というと難しそうですが、具体的にはざっくりと計算すると3人世帯で年収207万円以下の世帯。月収ベースで17万円以下という世帯です。

 3度のご飯はきちんと食べられ、かつ公教育を選択すれば教育を受けることは出来ます。が、塾へ行ったり、大学へ進学したりというまとまった金額が必要となる高等教育は難しい水準ですね。こう書くと、「なんだそこそこもらっているじゃないか!」「俺だって昔はそんなもんで...」といった批判が飛んでくること請け合いです。

 が、まず過去と比較することがナンセンス。当時とは物価水準が違う、インフレ期や人手不足期であれば貧困でもチャンスは転がっていた等々、社会を取り巻く状況が違います。物価水準が高くなっている上に、20年続くデフレで進む社会階層の固定化。よく"貧困の連鎖"と呼ばれる問題が深刻化を増しています。それが最も顕著なのが、高等教育への進学のハードルが上がっていることなのです。

『貧困と生活保護(26) 貧しい家庭の子も、大学進学をあきらめないで』(2016年3月4日 ヨミドクター)https://goo.gl/AAMQT2
<中学卒業後の進路の比較を示します。保護世帯の子どもの(高校)進学率は90%を超えているものの、一般より低い数字です。>
※中学卒業者全体の進学率は99%弱。

<次は、高校卒業後の進路の比較です(データ出所は同じ)。生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭の子どもの進学率は、一般より大幅に低く、とりわけ大学・短大への進学率は大きな差があります。>
※高校全日制・定時制全体で76%。生活保護世帯では31.7%。児童養護施設の子ども22.6%。ひとり親家庭の子ども41.6%。

 さらに、この金額だけが貧困のファクターではありません。ベタベタと常に集団生活しろとまでは言いませんが、ある程度の人とのつながりがなくてはより高い教育を受けるチャンスやビジネスのチャンスをつかむことはできません。そうしたチャンスは、中学よりは高校、高校よりは大学と、高等教育の場に行けば行くほど機会が増えるもの。経済的にそれが難しいのであれば、公的に支援することも必要だというのは頷ける理屈です。

 こういうことを書くと、「親の貧困は結果であって、自己責任だ!」という批判を受けることがあります。が、親の貧困も、その親の貧困の結果なのかもしれません。デフレが20年も30年も続いているわけですから、すでに2世代、3世代と貧困が連鎖してしまっていることだって考えられます。そう考えると、足元の貧困から抜け出すために、小さなことを気にしていてはいけないと思うのです。

 相対的貧困状態の子どもが6人に1人はいると書きました。逆の見方をすれば、この人たちの所得を引き上げることができれば、まだまだ日本には伸びる余地が大いにあるということです。こういうと語弊があるかもしれませんが、これが10年後、20年後への成長戦略とも言えるのではないでしょうか?

 さて、問題はこの教育無償化の財源をどうするのかという点。自民党の特命チームは教育国債だけでなく、幅広く検討するとしています。連立を組む公明党は、この教育国債には消極的です。

『公明党・井上義久幹事長 教育国債案に消極的 「将来世代に借金残す」』(2月17日 産経新聞)https://goo.gl/dRadQn
<公明党の井上義久幹事長は17日の記者会見で、(中略)教育政策に使途を限定する「教育国債」案に関しては「将来世代に借金として残る形だ。今の世代が次世代の教育について責任を持つ仕組みがふさわしい」と消極的な姿勢を示した。>

 民進党の野田幹事長はより具体的に、消費税など全て恒久財源で賄うとインタビューで答えています。

『民進・野田幹事長「恒久財源5兆円提示」 衆院選公約で』(1月11日 日本経済新聞)https://goo.gl/OkJmN4
<民進党の野田佳彦幹事長は10日、日本経済新聞のインタビューで、目玉政策に据える教育無償化など「人への投資」に必要な5兆円を、消費税など全て恒久財源で賄うよう努める考えを示した。>

 与野党問わず、消費税増税などを財源にする、あるいはどこか削れるところを削って、いわば緊縮財政の果実として教育無償化を成し遂げようという意見が多く見られます。これは結局、増税された側、あるいは予算を削られた側から教育費を支出する子育て世代へお金を水平移動させるようなもの。取られた方からすれば、面白くありません。
 その上、消費税の増税は2014年4月の増税後の景気の下押しを見て明らかなように、好景気の時ならまだしも今増税をするのは危険です。また、一方で緊縮財政を行いながら一方で教育無償化という財政支出を行うのは、国民経済全体で見ればプラスマイナスゼロですから景気への作用は良くて中立です。

 教育国債は将来世代へ借金を残すと批判されますが、今教育に投資するという損を取ることで将来の得を取る唯一の方法だと私は思います。教育支出を投資と考えると、これほど利回りの良い投資はないと、あのOECD(経済協力開発機構)が言っています。

『最も有利な投資は「学位」 OECD調査』(2013年9月23日 CNN)https://goo.gl/51aTW6
<「今の時代、教育ほど有利な投資先はないだろう。利回りは10~15%にも及ぶ。今、同様の利回りが期待できる投資先が他にあるだろうか」と語るのはOECD教育局のアンドレア・シュライヒャー氏だ。>

 借金を元手に投資をするのは何もおかしいことではありません。その上、教育を受けて高収入を得た人が日本人であることをやめない限り、日本政府からすれば徴税という形で確実にリターンが保証されています。これに適度なインフレが重なれば、増収プラスインフレで十分にペイできます。乱暴な話ですが、もし日本政府が投資ファンドなら、なぜこんなローリスクハイリターンな商品に投資しないのかと責められこそすれ、投資して批判されることはないでしょう。教育無償化、ポイントは一点だけ。財源です。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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