2017年02月07日

この道は、いつか来た道...

 プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が来日しました。メディアのインタビューに答えたり、講演をしたりと様々な日程をこなしました。私も、先週水曜に都内で行われた講演を取材したんですが、その後の報じられ方を見て、以前フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が来日したときのデジャヴを見ているようでした。

 奇しくも2年前の同じ1月末から2月初めに来日していたピケティ氏。当時、雑誌・テレビに引っ張りだこになったわけですが、日本記者クラブで行われた会見で消費増税について否定的な発言をしてから空気が一変。ご本人の離日とタイミングを合わせるように潮が引くように取り上げられなくなりました。日本記者クラブでの会見と、それを各メディアがどう取り上げたのかは当時、私もこのブログで書いてますので良く覚えています。

『ピケティ報道とお上への忖度』https://goo.gl/g3OZFl

 では、今回のシムズ教授に対する報道はどうだったのか?私が取材できた先週水曜の講演というのが、日本経済研究センターと一橋大学が開催したセミナーです。まずは、主催者が出している講演録から。

『国は「将来の増税なし」と宣言し、インフレ誘導を―物価水準の財政理論でシムズ氏らが講演』(2月2日 日本経済研究センター)https://goo.gl/2Gnw7g

 前半はシムズ教授の講演、その後パネル討論という流れでおよそ2時間にわたって行われました。全体を通じてのテーマは「物価は何で決まるのか」。シムズ教授が提唱するFTPL(物価水準の財政理論)の説明と、その考え方を足元の日本経済にどう適用できるのかが中心となりました。
 まず、FTPLについては、<FTPLは財政と物価の関係を示す経済理論の1つ。財政赤字を穴埋めするために増税するのでなく、政府が恒久減税などでインフレ期待を引き起こし足元の消費を拡大させる>となっています。通常は政府が国債を発行して歳出を拡大すれば、その分の負債は将来的に増税をしたり成長に伴う税収増で賄います。ところが、FTPLでは政府が増税による財政健全化を放棄します。すると、国債を発行すればするほど信用が損なわれ価格が下落(=国債利率が上昇)。結果、適度な国債発行を維持すれば適度なインフレ状態を作り出すことが出来る。逆に、国債発行を絞ってしまうと(=財政出動を絞ってしまうと)逆に国債利率が下落しデフレを加速してしまう。従って、特に日本のようにすでにデフレに染まりきり、インフレ予想が容易に信じられない世の中では国債発行による財政出動がデフレ脱却のキーになるという主張です。

 その主張に沿うと、財政健全化を墨守する姿勢そのものがデフレへの圧力ということになります。財政健全化のために消費増税が必要だ!というのも、デフレ脱却の足を引っ張っているということ。実際、シムズ教授は<「政府はインフレが債務の重荷を減らすことを明示する。消費増税の延期もありうる選択だ。そのような方策を実施することで、資産保有者や個人にとって国債の魅力度が低下し、財の消費をするようになる」>と講演で語っています。

 さて、それを各紙はどう報じたのか?意外なことに紙面では朝日新聞がシムズ教授の主張を正確に報じていました。

『物価2%上昇へ「増税延期宣言を」 財政政策重視、シムズ教授』(2月2日 朝日新聞)https://goo.gl/K78x70
<財政支出を増やすことで物価を上げるという理論で注目されている米プリンストン大のクリストファー・シムズ教授が1日、東京都内で講演した。シムズ氏は日本政府と日本銀行が目指す「年2%」の物価上昇目標の達成に向け、「消費増税は先延ばしすると宣言するべきだ」と提言した。>

 また、紙面ではさほど触れなかったものの、Web上では最も正確に書いたのが産経新聞です。

『「日本の消費税増税は正しくない選択だった」 ノーベル経済学賞学者が指摘』(2月2日 SankeiBiz)https://goo.gl/Limj5y
<さらに「(2014年4月の消費税増税は)正しくない選択だった」と強調。「増税時期は物価水準とリンクさせるのが効果的だ」として「増税先延ばしを宣言する必要がある」と説いた。>

 見出しにもあるんですが、パネル討論で司会から「消費増税は正しくなかったか?」と聞かれ、シムズ教授は「Yes! I think」と明快に答えていました。続けて、「それがあったからアベノミクスは上手くいかなかった」とも言い切っています。現在物価が伸び悩んでいるわけですが、この原因をそもそも金融緩和が効かなかったのだとするアベノミクス批判に対し、明快に否定してみせたわけですね。

 一方、シムズ教授の発言を引きつつ、それとは真逆の主張をにじませたのが毎日新聞です。

『脱デフレ クリストファー・シムズ米プリンストン大教授、増税凍結で 専門家、財政拡大の正当化を懸念』(2月2日 毎日新聞)https://goo.gl/RK5qC1

 見出しからしてシムズ教授の理論に懐疑的なことがありあり。「財政拡大の正当化を懸念」って、そもそも財政拡大は悪いことという前提があり、だから「正当化」という開き直りを「懸念」しているようです。もちろん、リードも悪意全開です。

<増税や財政再建目標を凍結することがデフレ脱却につながるとの主張で、一橋大などの招きで来日し、日銀などで講演会を行った。背景には日銀の大規模金融緩和が手詰まりに陥っていることがある。専門家からは、大規模な財政出動や財政健全化目標の棚上げを正当化する口実になりかねないと危惧する声も出ている。>

 どうでしょう?「大規模な財政出動や財政健全化目標の棚上げ」は絶対に許せないというのがにじみ出ていますね。シムズ氏の理論はそれらを「正当化」する「口実」なんだそうです。「口実」って、「言いのがれの言葉や材料。言い訳。」という言葉ですから、ノーベル経済学者の理論を言い訳として使うな!と毎日は暗に批判しているわけですよね。全く、どれだけ緊縮・増税したいのか...。

 それでも、まだシムズ理論を紹介しているだけ毎日はマシです。このセミナーを後援し、パネル討論の司会まで出している日本経済新聞はもっとひどい。ここまで縷々書いてきたとおり、このセミナーはそのほとんどを日本経済の今後について議論をしていました。それは、先ほども挙げた日本経済研究センターの講演録でも明らかです。ところが、これが日経にかかるとそんなことはすっ飛ばして、私には枝葉の議論に見えたアメリカ・トランプ大統領の経済政策についてがメインであるかのような記事になりました。

『トランプ氏の財政策は「人気取り、財源欠く」 シムズ米大教授』(2月2日 日本経済新聞)https://goo.gl/gxmQkb
<「法人減税やインフラ投資といった人気取りの政策を掲げるが、財源に具体性を欠く」。来日中のクリストファー・シムズ米プリンストン大教授は1日、トランプ米大統領が掲げる財政拡大策に警鐘を鳴らした。
 日本経済研究センターと一橋大が都内で開いたシンポジウムのパネル討論で発言した。「インフレ圧力の抑制が難しくなる懸念がある」とも指摘した。>

 パネル討論では、司会の経済部長がしきりに消費増税によって社会保障財政を改善し、それにより将来不安を払しょくし期待に働きかける。そしてデフレから脱却できるのではないか?と聞いていました。「期待に働きかける」という一点ではFTPLと同じですが、その政策経路は全く逆。むしろ、消費増税による緊縮姿勢が見えれば、将来にわたってのインフレ期待がしぼんでしまうというのがシムズ氏の主張のはず。その意味では、シムズ氏が消費増税に賛成するはずがないのですが、それをしきりに聞き、意に沿う答えが得られなかったので紙面ではシムズ氏の主張を丸ごと削ってしまったのか...。そう勘繰ってしまいたくなる日経の紙面作り。自社のホールを使い、自社の関連団体が主催し、自社も後援に入っているセミナーについての記事がここまで曲げられているとは正直驚きでした。残念ながら、2年前とメディア環境は変わっていないようです。したがって、当欄の締めも2年前と同じです。

 自説に沿わなければ、扱いは極力小さく、あるいはゼロで。これも「報道の自由」の範疇なんでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

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