2016年08月15日

無関心が相手を利する

 沖縄県石垣市の尖閣諸島沖が緊迫しています。ザ・ボイス番組リスナーの皆さんには最早釈迦に説法ですが、中国公船が連日、領海の外側の接続水域に侵入し、さらに今月9日まで3日連続で領海にも侵入しています。

『尖閣沖の接続水域 中国当局の船4隻が航行』(8月15日 NHK)http://goo.gl/XdpYWV
<沖縄県の尖閣諸島の沖合で15日午後、中国当局の船4隻が日本の領海のすぐ外側にある接続水域を航行しているのが確認され、海上保安庁が領海に近づかないよう警告と監視を続けています。>

 記事にはありませんでしたが、接続水域には13日連続で侵入しているという報道もあります。が、日本国内でどれだけの大きさで報道されているかというと、今までの尖閣周辺事案に比べるとおとなしいという印象が否定できません。よく言えば静観、悪く言えば慣れてしまっているのではないか?という程の静けさです。今日は、この「慣れ」がいかに問題なのかを考えてみたいと思います。

 まず、ここへ来て中国はなぜこんなに挑発的な行動をとるようになってきたのか?もちろん、正確なところは中国当局に聞いてみなければわからないわけですが、専門家は様々な分析をしています。

『対日関係を悪化させる中国の本心は... 東京国際大学教授・村井友秀』(5月18日 産経新聞)http://goo.gl/Pe20EH
<第1の説は「身代わりの山羊(やぎ)」理論である。外国の脅威を煽る政策はやり過ぎると戦争になり死傷者が発生するリスクがある。しかし独裁国家において政権を失うコストは、独裁者が逮捕され処刑される可能性もあり、野党になるだけの民主主義国家よりもはるかに大きい。したがって政権が弱体化したとき「外敵転嫁論」は独裁政権にとって魅力的な政策になる。>

 これは戦略分析の専門家などの話を聞いても共通しているんですが、「国内の問題をより大きな外の問題で吹き飛ばす」というのは中国の常套手段なんだそうです。
そして村井教授が指摘している通り、政権が弱体化してきたときにこの「外敵転嫁論」が選択されやすい。経済が失速し、腐敗撲滅で国内敵だらけの習近平氏はまさに弱体化しつつある政権。その上、国民の目を逸らそうとした外交面でも最近は裏目裏目が続いています。

 韓国は、中国が再三再四反対し続けていたTHAAD(終末高高度防衛ミサイル防衛システム)配備を決定。台湾は親中の馬英九政権から独立志向の蔡英文政権に代わり、フィリピンとの間では常設仲裁裁判所が南シナ海の中国の主権主張を根底から否定する判決を出しました。ラオス、カンボジアを取り込んでASEAN諸国の分断はある程度成功していますが、地域大国のインドネシアやシンガポールとはいい関係とは言えません。日本も安保関連法を整備し、中国などの地域の脅威を念頭にした改憲も議論の俎上に上る始末。

 中国包囲網ともいえるような周りの国々の動きの中、尖閣諸島の事案は数少ないメリットを挙げられると踏んだ可能性があります。日本側は外務省からのオフィシャルルートで再三再四抗議しています。9日には岸田外相が程永華駐日中国大使を外務省に呼び出し抗議しました。このことは当然外電や中国の放送局の日本特派員を通じて中国国内で報道されます。それを見た中国国民はどう思うか?
「外相まで引きずり出した。(中国)政府はよくやってるじゃないか!」
と溜飲を下げる場面が想像できます。
 中国側としてはそれでいい。そして何度も何度も領海に公船を侵入させることでジワジワと日本側の尖閣の施政権を否定し続ければ、ここに領土問題があることを国際社会にアピールできる。「またやっているよ」なんて甘く見ていると、敵に塩を送るどころではなく危機がやってくることを我々はもっと真剣に考えるべきです。

 さらに、この尖閣の侵入もさらなる大戦略の一環に過ぎないという指摘があります。アメリカ議会に設置された「米中経済安保調査委員会」という機関が毎年、年次報告書を発表するのですが、この中で中国の膨張主義について詳細な分析がされているのです。月刊正論の9月号で最新の「米中経済安保調査委員会」について、産経新聞ワシントン駐在客員特派員で国際教養大学客員教授のジャーナリスト、古森義久氏が分析・報告しています。

『中国の沖縄での秘密工作とは その5 米調査委員会が暴いた活動』(Japan In-depth)http://goo.gl/F2kQA8
<要するに中国は自国の主権は尖閣諸島だけでなく、沖縄全体に及ぶと主張し、その領土拡張の野望は沖縄にも向けられている、というのだ。報告書の記述をみよう。

「中国はまた沖縄の独立運動をも地元の親中国勢力をあおって支援するだけでなく、中国側工作員自身が運動に参加し、推進している」

「中国の学者や軍人たちは『日本は沖縄の主権を有していない』という主張を各種論文などで表明してきた。同時に中国は日本側の沖縄県の尖閣諸島の施政権をも実際の侵入行動で否定し続けてきた。この動きも日本側の懸念や不安を増し、沖縄独立運動が勢いを増す効果を発揮する」>

 たしかに、政府に批判的な翁長沖縄県知事などは、尖閣の状況に不安を覚え、それを助長しているように見える政府に対し不信感を募らせています。
「いまの状況で小競り合いが起きたら、石垣島の観光、100万人の観光客がちょっとしたいざこざから10万人に落ちる。風評被害ですら40万人落ちるわけですから。100万の人が10万に落ちる。ですから、尖閣でいざこざは起こしてほしくない。」と会見で述べています。(2015年5月20日・日本記者クラブでの会見)

 この報告書は陰謀論や噂の類で書かれているのではありません。議会の予算を使って調査分析をするわけですから当然です。中国の工作があるということも、そのインテリジェンス網の中で信ずるに足る証拠があるからこそ、報告者の自主的な記述として書かれているわけです。

 では、我々としてどう対応していけばいいのか?これも、同報告書の中にヒントがあります。かつて、日本は中国の工作をはねのけたことがありました。
<「中国は日本を日米同盟から離反させ、中国に譲歩させるための戦術として経済的威圧を試みたが、ほとんど成功しなかった。日本へのレアアースの輸出禁止や中国市場での日本製品ボイコットなどは効果をあげず、日本は尖閣諸島問題でも譲歩をせず、逆に他のアジア諸国との安保協力を強め、アメリカからは尖閣防衛への支援の言明を得た」>

 あの漁船衝突事故の後、日本の中国駐在員の拘束、レアアース禁輸があり、国内でも大きく報道されました。義憤に駆られた日本人は決して中国の強引なやり方に音を上げず、正規ルートから抗議し、あるいはレアアースの調達先を変更し、しなやかにしたたかに対応し切り抜けました。中国は我々の世論の力をわかっています。それゆえ、無関心、慣れてしまうことが最も中国を利することになるのです。

 来週の『ザ・ボイス そこまで言うか』では、22(月)に元外交官・キャノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦さんがいらっしゃいます。おそらく、コメンテーターの長谷川幸洋さんとの間でこの中国の出方、今後についての議論になるでしょう。日本と東アジアの今後を読み解くのに必聴の1時間半。ぜひお聞きください!
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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