2014年08月27日

広島土砂災害の現場から

 広島土砂災害から今日で一週間。今日午後の県警の発表では、死者71人、行方不明者15人にのぼっています。そして、いまだ1000人を超える人々が避難生活を余儀なくされています。

『広島・土砂災害、見えぬ生活再建 なお避難所に1300人』(8月27日 共同通信)http://goo.gl/GHbPcI

 私は発災から2日後の22日に現地に入りました。前日・木曜の放送で被災したリスナーの方からメールを頂戴し、その方の案内で取材を進めたのです。その方のお住まいは、安佐南区緑井。ご自身は家も含めてご無事だったのですが、そこから100mも歩くと、家々には土砂が流れ込み、押し流された家や車が潰され、転がっていました。

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広島市安佐南区緑井の泥が堆積した公園。あずま屋の屋根だけが顔を出している(8月22日)

 その現場で彼が言ったのが、
「飯田さん、この匂いです。これを覚えて帰ってください」
という一言。木の匂いや土の匂い、カビの匂い、それらが混然一体となったつんとした強いにおいが辺りを包んでいました。
「土石流が来たとき、この10倍ぐらいの匂いが漂っていたんです」
見ると、泥にまみれた流木が、根こそぎ流されそこここに放置されています。そして、堆積した大量の泥。公園に堆積した泥は胸の高さに達し、遊具は頭が出ているのみ。この大量の土砂が民家の一階を突き破り、自動車を押し流し、まるで津波の跡のような光景を生み出したわけです。さらに、取材をした日は時折薄日が差す曇り空だったんですが、雨が降らないとあっという間に乾き出し、土埃と化します。この土埃は非常に粒が細かく、すぐに見通しが悪くなり、のどや目が痛くなります。マスク、ゴーグルなしでは復旧作業が困難なほど。そうした光景も、東日本大震災の津波の被災地と同じであり、この災害が土砂崩れという生易しいものではなく、もはや山津波というべきものだということを肌で感じました。

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広島市安佐南区八木の被災現場。土だけでなく、その下にあった岩盤部分(花崗岩)まで崩れている(8月22日)

 これだけの被害が出た以上、これから先の防災施策を変えなければなりません。しかし、今回は発災当初から「避難勧告の遅れ」ばかりがクローズアップされています。昨日の市長会見でもその話が出ました。

『広島市長「避難勧告早ければ被害小さく」 土砂災害で』(8月27日 日本経済新聞)http://goo.gl/PHH0DX
<避難勧告が災害発生後になったことについて「勧告が早ければ被害が小さくなった可能性はある」との認識を改めて示した。条例に定めた形式的な基準だけでなく、複数の配慮項目を検討する作業をしていたという。>

 では、勧告を検討した時にすぐに出したとしたら、つまり20日の午前3時前後に避難勧告を出したらどうだったのか?避難所でも様々な方にお話を伺ったんですが、一番多く聞かれたのが、
「雨が激しくて音が大きくて、外で何が起こったのか全く分からなかった」
というものでした。その当時は10秒に一度雷が落ち、一時間に100ミリを超える激しい雨が降っていた時間帯。ある女性は、
「外の様子を見ようと窓を開けると、雨のあまりの勢いに怖くなって窓を閉めるほどだった」
と語るほどの激しい雨だったそうです。
また、別の女性は隣の家が土石流の直撃を受け、お住まいの方は残念ながら亡くなったそうなんですが、
「雨の音、雷の音がひどくて、まったく気づかなかった」
と話しています。つまり、何かあった時に近隣の方の救助も期待できないような過酷な環境だったわけです。

 果たしてそんなときに避難勧告を出して、本当に避難できたのか?もちろん、それにより救われた命があった可能性だってあるでしょう。ですが、避難しようとしたときに濁流に呑まれたり、土砂崩れに巻き込まれたりというリスクだってあったと考えられます。もし、「避難勧告が遅れた!もっと早く出すべきだった」と主張するのであれば、雨が激しくなるよりずっとずっと前に避難勧告を出すべきだったということになります。そうなると、既存の勧告までのプロセスでは到底間に合わず、勧告を出す仕組みそのものを考え直さなくてはなりません。激しい雨が降る予報が出れば、何度も何度も空振りするのを覚悟の上で、「それでも命を落とすよりははるかにマシですよ」と主張しなくてはいけません。
 取材をしていて、これだけ自然環境が激変すれば避難勧告というシステム自体はそうせざるを得ない。とにかく予防的に、空振り覚悟で避難勧告を出さざるを得ないと私自身は思うんですが、そこまで主張するメディアはほとんどありません。「避難勧告が遅れた!遅れた!遅れた!」と、そればっかりなんですね。これ、うがった見方をすれば、本来であれば議論されて然るべき、都市計画のあり方や安全を考えての建築規制のシステムの話から話題を逸らす目的があるんじゃないか?とも思ってしまいます。

 被災したある女性がぽつりとつぶやいた一言が忘れられません。
「広島は温暖な土地で、いままで大雨だとか土砂崩れだとか、他人事だと思っていたのにねぇ...」
 どうすれば新しいタイプの災害に強い街づくりができるのか?その本質的な議論が行われなければ、今回の尊い犠牲を無駄にしてしまうことになるのではないでしょうか?少なくとも、避難勧告の出し方だけで終わる話ではありません。
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
(2012年1月9日~2018年3月29日)

「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」
(2012年4月7日~2017年9月30日)

・「東日本大震災から7年・・・本気の備えはできていますか」
(2018年3月11日)

・「ザ・ボイススペシャル 福島県の農業は今」
(2018年1月2日)

・「ザ・ボイススペシャル 密着・不発弾処理隊 今なお眠る2200トンとの戦い」
(2014年12月30日)

・「ザ・ボイススペシャル 辺野古の声」
(2013年12月30日)

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