先日、日曜日の日本経済新聞のコラムに興味深い記事がありました。
『理論も導く「日中冷和」』というタイトルのこの記事。
国際政治理論の2つの見方を引用しつつ、日中関係を分析しています。2つの見方というのは、一つは「リアリズム」という見方で、勢力の均衡によって紛争を防ぐという考え方。この時の「勢力」とは、軍事力や経済力、地理的要素を含みます。一方の「リベラリズム」とは2国間の関係や価値観に重きを置く考え方で、経済的に相互依存関係にあったり、あるいは民主主義国同士であれば戦争は起こらないという考えに基づいています。
そのコラムでは、この2つの大きな価値観、5つの要素で日中関係を分析しています。「隣国同士」「大国同士」「経済相互依存がある」「共通の敵がない」「価値観(民主主義)を共有しない」。日中関係は、この5つすべての要素が当てはまります。相互依存が戦争を抑止し、他の要素が対抗意識を強めるから、時に危機をはらむ「冷たい平和」の構造となるのです。
さて、現状は記事にある通りの『冷和』状態にある日中関係ですが、これが永久に続くわけではありません。とはいえ、リベラル系のメディアが言うように「とにかく対話」というわけでもありません。先に挙げた5つの条件の中では、「大国同士」というファクターで勢力均衡が崩れつつあるのです。
防衛の専門家に話を聞くと、キッカケとなりそうなのは日中がぶつかる東シナ海ではなく、南シナ海とのこと。南シナ海といえば、先日中国は予定より早く石油探査装置を撤収させました。
< 中国国営の新華社は、同国とベトナムが領有権を争う南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島近海に設置された石油掘削装置(リグ)を使った作業が終了し、装置が移動されると伝えた。付近に石油やガスの埋蔵を確認したといい、新華社は中国石油天然ガス集団(CNPC)が「収集したデータを分析し、次のステップを決定する」と伝えた。>
この説明を額面通り受け取る専門家はいません。資源関係の専門家は、そもそも石油掘削装置(オイルリグ)を使って資源探査を行うなんてものがナンセンスだそうです。探査の実績もないし、コストも高い。
もしも本当に資源を求めているとしたら、次にパイプラインを敷設する海洋石油201という船が出てこなくてはなりません。
しかしながら、海洋石油201を出してくるどころか、海洋石油981も撤収してしまいました。したがって、資源以外に目的があるのは明白。では、なぜ金のかかるオイルリグを出してきたのか?専門家は、これを守るという口実で海警や海軍の展開を常態化することこそが真の目的であると指摘します。それこそ、南シナ海を自国の内海とするということ。そして、そこに戦略原潜を沈めておくことを目標としています。
南シナ海は水深が深く、そこに原子力潜水艦を沈めておけばそう簡単には見つかりません。これに核ミサイルを積んでおけば、先ほど書いた東アジアの勢力均衡が一気に崩れることになりかねないのです。現在は、この潜水艦搭載型のミサイルJL2は推定射程が8000キロ程度。これを南シナ海から撃ったところでアメリカ本土には届きません。今、中国はこの射程を延ばしてアメリカ東海岸まで届かせようと躍起になっています。もし、射程が伸びたら...、その時には日米VS中の勢力均衡がガラガラと崩れるでしょう。
理論上はこんなシミュレーションができます。
中国が日本を攻撃した時、今までならアメリカは中国へ反撃します。なぜなら、中国のミサイルはどう頑張ってもアメリカまでは届かず、アメリカは無傷で反撃できたからです。しかし、ミサイルの射程が伸びてアメリカ東海岸まで脅威にさらされるようになれば、アメリカは今までのように反撃できるでしょうか?
中国が日本を攻撃する。アメリカが仮に反撃する。すると、中国は南シナ海の潜水艦からアメリカへミサイルを発射する...。アメリカは、理論上自分達が無傷でいられないとわかっていても、日本のために核ミサイルを撃つようなことができるのか?私はできないと思います。
つまり、①南シナ海を中国にとられる、②中国のミサイルの射程が伸びる、この2つが揃った瞬間に日本を守る『核の傘』が破れてしまうのです。そうなれば、日本の立場は劇的に弱くなってしまうでしょう。大国同士でなくなれば、小国は大国に従わざるを得なくなる。つまり、日本が中国の属国化してしまうという最悪のシナリオまで考えざるを得なくなるのです。もちろん、軍事力以外のファクターもありますから、すぐにそうなるという話ではありません。
ただ、危機に一歩近づくのは確かでしょう。
今の南シナ海の情勢は、日本の『核の傘』が破られる2つの条件のうちの1つが満たされるかどうかの瀬戸際にいる。つまり、我が日本が中国の属国化してしまう危機の瀬戸際にいる。飛躍していると言われるかもしれませんが、我々日本人はそういう危機感を持って南シナ海情勢を見ていかなくてはいけません。