2014年03月05日

我が国の守りは、心意気が支えている

 先日、このブログで建設現場などでは若い人への技術継承が上手くいかず、人手不足が深刻化していると書きました。これについて、先月末、東京商工会議所が発表した中小企業を対象にしたアンケート調査でもそれが浮き彫りになりました。


『中小企業の経営課題に関するアンケート』(東京商工会議所 中小企業委員会)http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=30705

 不足している人材の分野について、製造業の76%が『現場・作業』と答え、製造業でも38%、およそ4割が現場で作業する人材の不足を感じています。よく耳にする言葉ですが、間違いなく日本の産業を支えているのは中小企業です。痛くない注射針で有名な岡野工業の岡野雅行社長も、講演などでことあるごとに、
「大企業っていうのは組立屋で、中小企業とか町工場っていうのはノウハウの固まりなんだ」
と話しています。しかしながら、そのノウハウの固まりである中小企業が今、後継者不足に悩んでいる。蓄積したノウハウが消えてしまう危機に直面しています。そして、その中でも、日本の将来を左右するほど深刻なのが、防衛産業に携わる企業です。

 

 防衛装備品というと、武器輸出解禁でも話題の艦艇や飛行艇、戦車といった大きなものが想像されますが、実際にはそういった大掛かりな目立つものの他に、戦闘服や小銃といった小さなものまでさまざまな種類があります。また、製造だけでなく、メンテナンスも含めて、日本の自衛隊は民間の力に多くを頼っています。それゆえ、技術継承が滞ることがそのまま防衛力を左右しかねません。先日、陸上自衛隊の調達担当者に話を聞きに行くと、まず2つの円グラフを見せられました。それが、アメリカ陸軍と陸上自衛隊の戦闘部隊と兵站部隊の構成比率のイメージ図。アメリカ陸軍の場合は戦闘部隊と兵站部門の割合がざっと4対6。一方、陸上自衛隊の場合は戦闘部隊が6割~7割を占め、兵站部隊は3~4割に過ぎません。なぜこんなに違いが出るのかというと、考え方の違い、国民性の違いもありますが、もちろん予算の面での制約が大きいとのことです。そして、その足らない分を防衛関係企業に依存しているわけで、この担当者は、「ただの取引先だなんてとんでもない。ともに国を守るパートナーであり、手を取り合って支えあう戦友ですよ」と真顔で答えました。この『戦友』が今、冗談ではなく危機に瀕している。たとえば、こんなニュースがありました。

 

『防衛省ヘリ発注訴訟、富士重工が敗訴 東京地裁』(3月1日 朝日新聞)http://bit.ly/1kxE0IT
<防衛省から発注を受けるはずだったヘリコプター62機が10機に減らされ、米メーカーに支払ったライセンス料などの初期投資を回収できなくなったとして、富士重工業(本社・東京)が国に約350億円の支払いを求めた訴訟で、東京地裁(松井英隆裁判長)は28日、請求を棄却した。
(中略)
富士重側はこうした初期投資を分割し、1機ごとの代金に上乗せして回収する予定だったが、防衛省が調達方針を変更。07年度までの計10機だけで打ち切られ、「初期投資は防衛省側が全額負担するという合意があった」と訴えていた。>

 

 これは、見通しが甘い企業側のミスと片づけがちですが、そうではありません。防衛省も含め、日本の官公庁は5年を超える長期予算を組むことはほぼありません。それは、このアパッチのような大掛かりな装備品であっても同じです。それゆえ、企業側は予算に計上されるよりも何年も前から研究開発費を自腹で出しているわけです。

 なぜそんなことが可能なのか?そこには各企業の『心意気』の存在が大きいと、その陸自の調達担当者は申し訳なさそうに明かしてくれました。
「聞き取りをすると申し訳ないような気持になるんです。生産ラインを維持するのがやっとといった厳しい状況の中でも生産を引き受けるのは、国の防衛に少しでも寄与しているという誇りであり、社員は皆同じ思いだ!と話す方がいたり、我々は青い服(某企業の作業着の色)を着た自衛官なんだという自覚を持てと、後輩技術者に言い聞かせている方までいるんです」
 各社、売り上げに占める防衛装備関連の比率は1%~3%。社内でも肩身の狭い思いをしながら、それでも誇りを胸に歯を食いしばって仕事をする。
物語としては美しい話ですが、現実には非常に厳しい。民間企業は当然利益を追求しなくてはいけませんし、そんな不採算部門には後継となる新人もおいそれとは入ってきませんからね。

 

 さて、そんな企業の台所事情を知っていながら、なぜ防衛省側もこんな仕打ちをしてしまうのか?そこにはお役所仕事の悲しさが満ちていました。防衛省側の調達計画は、10年先を見通す防衛大綱、それを受け5年ごとに改定される中期防衛計画に基づいて立てられます。とはいえ、そこで決められるのは計画だけ。予算については、毎年毎年財務省と折衝しなくてはなりません。景気の良い時には税収も伸び、その分予算は付きやすいのですが、ここ20年の不景気で予算は減少傾向。それゆえ、計画には盛り込まれていても予算の手当てが出来なくなってしまうものがどうしても出てきてしまうそうです。さらに、近年は個々の装備品が高性能化、ネットワーク化されるに伴い高額化が著しく、その分調達数が限られてしまうとのこと。
「毎年予算が限られているのに、100億円とも言われるティルトローター機(※)の購入が政治的に決定されてしまうと本当に辛い...。どう台所を切り盛りするか、頭を抱えますよね」
 調達する陸自側も、ない袖は振れぬという悲しさを抱えているようです。調達期間が短いうえに、一般競争入札が原則で、企業としては先行きが見通せない状態。その影響はすでに現場に現れていて、この20年で事業撤退を余儀なくされた会社が150社以上、倒産してしまった会社も40社以上あるそうす。こうなると継承されてきた技術が一瞬で消えてしまうことになります。

 

 そもそも、一般競争入札という一番安い金額を入札した会社が落札する方式では、高い品質を保証できません。それより、多少品質が劣っても安い金額で作った方が儲かるからです。今のところは品質の高さを『心意気』で担保していますが、これは先の見えない消耗戦。いずれ破たんするときが来てしまいます。その時、我々は安い中国製の武器を買うとでも言うのでしょうか?こんなこと、今は「極論だよ」と笑い飛ばすことができます。しかし、20年後に同じことが言えると断言できますか?取材をしている間、陸自の調達担当者の目は一度も笑いませんでした。現場は、事の深刻さをひしひしと感じています。

 

(※)垂直離着陸機のうち、ローター(プロペラに似た回転翼)を、機体に対して傾けて(ティルトして)離着陸する機体のこと。MV-22オスプレイなどがある。

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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