2013年12月12日

ドキュメント・強行採決 これは与党の横暴ではない

 特定秘密保護法が成立し、臨時国会が閉幕しました。
『特定秘密保護法が成立 「知る権利」損なわれるおそれ』(朝日新聞 12月7日)http://bit.ly/1bDBDu7
 参院本会議採決に先立つ特別委員会での強行採決の様子は、ニュース番組でも何度も取り上げられ、これから年末にかけて今年を振り返る番組でも何度も使われる、印象的な場面になるでしょう。
『特定秘密保護法6日以降に成立』(産経新聞 12月5日)http://on-msn.com/1bDC0ot
 野党理事が中川委員長に詰め寄る写真を見て、「与党が横暴だ!」と断じるのは簡単なことです。巨大与党が数にモノを言わせて強引に採決に持って行った。結果だけを見れば、そうなのかもしれません。しかし、ここに至るまでには周到な準備があり、与党議員にも葛藤がありました。

 

 参院で現場を任されていたのは、この国家安全保障特別委員会の与党筆頭理事、佐藤正久参議院議員です。自衛隊のイラク派遣時の隊長で、「ヒゲの隊長」という名前を聞けば顔を思い出す人も多いのではないでしょうか。最近は、そのヒゲの様子からスーパーマリオともあだ名されていて、それゆえ今回の参院特別委通過までの仕事は党内では「スーパーマリオ・オペレーション(作戦)」と言われていたそうです。

 

 与党側としては、まずは審議時間を出来る限り確保することを考えました。参議院での審議時間は衆議院の7割程度を確保するのが慣例。しかし、衆議院での審議は押せ押せで来て、参議員での審議入りは11月27日。12月6日の会期末までは、土日を含めても10日ありませんでした。
『秘密保護法案:参院審議入り 「市民も処罰」懸念消えず』(毎日新聞 11月28日)http://bit.ly/1j5ymgW
 官邸は6日の会期末は絶対にずらせないという方針。自民党執行部も同じ方針で臨んでいました。ある参院与党議員は、
「官邸も衆院も、参院のことには興味がない。よく、参院は衆院の都合を考えないと批判されるが、むしろ衆院の方こそ参院に関心がない。今回の法案も、正直1週間で上げられるか!というのが我々の気持ち」
と話しました。

 

 そこで、与党側は、衆議院での特定秘密保護法案の審議と並行して参院で行っていた日本版NSC法案の審議に森担当大臣を招致。野党議員には特定秘密保護法案関連の質問を許し、実質の審議時間を稼ぐという裏ワザを使います。それでも審議時間を完全にカバーするには至らなかったのですが、それを救ったのが、「民主党と、防空識別圏」(与党議員)。
 衆議院では最後の最後に修正協議に応じた民主党。しかし、参院での審議の前に民主党の海江田代表は「廃案を目指す!」と、一切の妥協を拒否しました。それゆえ、現場の野党理事は廃案ありきで動かざるを得ません。そうなると、与党側は粛々と質問時間を消化し、採決と、事務的に進めるより他選択肢がありません。強行採決までの大義名分が出来るんですね。
 さらに、中国による防空識別圏の指定で新聞・テレビの枠が割かれたことも、カレンダー通りに進めたい与党には有利に働きました。これだけメディアの反対の多い問題、世論が反対の方に完全に傾いてしまうと、いかに数の多い与党でも強硬は出来ない。連日防空識別圏の問題が報道されることで、特定秘密保護法案の報道が薄まったのは否めません。

 

 そして、スーパーマリオオペレーションの仕上げは、強行採決本番。そのテーマは、「ケガなく、安全に」。なぜ、そんなことが言われるのかというと、理由は衆参の気質の違い。ある与党議員が教えてくれました。
「参議院が良識の府だなんて、昔の話さ。今、良識の府は衆議院だね。衆議院議員は小選挙区で各選挙区1人が当選。だから、主張は党派で多少の差があれど真ん中周辺に収斂する。一方、参議院議員は各団体や組織の票をバックに当選してくる議員も多い。そうなると、アメリカ共和党系のティーパーティーのように、主張が過激で、支持者のことを考えると一切妥協が出来ない人も出てくる。勢い、パフォーマンスも過激になってしまう」
 流血の採決では参議院全体にとっても不名誉となります。与党側は周到に作戦を立てました。

 まず12月4日。総理出席で野党から質問を受け、これが締めくくりか?という流れを作りました。午後には地方公聴会を設定し、手続き的にはこの日のうちにすべてを終わらせます。マスコミに対しても、この日採決の構えというのをあえて流し、強行採決の雰囲気を盛り上げました。その上で、本来なら午前中の審議が終わった後、午後に審議が予定されていなければ委員長が「これにて散会」と宣言するところ、「この際、いったん休憩いたします」と宣言。委員会室の照明もすべて付けっぱなしにして、いつでも委員会を再開できるようにしました。
 野党議員は、
「4日は一日中疑心暗鬼だった。国会全体の雰囲気が強行採決で、いつ委員会が再開されてもおかしくないという状況。ピリピリしていたよ」
 しかし、この日は採決せず。
 一転、翌5日は「維新と協議中だから、採決はないだろう」という見込みをかなり流して臨みました。強行採決と言えば、普段は野党議員の質問中に審議打ち切り動議を出し、採決になだれ込むものなんですが、意表をついて与党質問時に打ち切り動議を提出しました。それも、直前の野党質問時にやるぞやるぞとプレッシャーをかけながら動議を出さず、与党質問では質問者の宇都議員が民主党を徹底的に煽り続け、ヒートアップさせました。冷静な判断をさせないことで、抗議に走り出すその一歩目を遅らせ、抗議に行ったら行ったで動議を出したのは元プロ野球選手の石井浩郎議員。そのガタイの良さに、さらに一歩躊躇するわけです。
 結果、その後野党は猛抗議しましたが、手続きとしては滞りなく委員会可決となりました。

 

 とはいえ、今回の法案審議はむしろ与党側の議員に葛藤を残しました。
 別の与党議員は、
「衆議院があれだけ押して来て、やっぱり会期延長するのが筋だった。特に、情報保全諮問会議(仮称)や保全監視委員会(仮称)などの4つほど出てきたチェック機関についてほとんど審議しないまま通ってしまった」
と悔やみました。なぜ4つのチェック機関がこんなに採決ギリギリになって出てきたのかについては、
「あれは官僚の性だと思う。諮問会議や監視委員会レベルなら政令でいくらでもできる。でも、最後に出てきた独立公文書管理監や情報保全観察室は、公取委のような独立性の高い期間は立法措置が必要だから、また国会審議にかけるのを嫌がったんじゃないかな」
結局、これらチェック機関の位置づけがあいまいなまま、法案は成立してしまいました。リベラルメディアが言うように、法案そのものが「民主主義の自殺」とは思いませんが、この参議院での審議の内容は、「民主主義の自殺」と言っていいのかもしれません。

 あの強行採決劇は、巨大与党の横暴ではない。民意の束を背負った国会議員が、国権の最高機関たる国会が、行政府にはかなくも押し切られた瞬間として、よく覚えておいた方がよさそうです。

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

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