2013年10月25日

タクシー規制強化の議論で見えるもの

 仕事でタクシーに乗ることがあるんですが、一人で乗った時はよほど疲れていない限り運転手さんと話すようにしているんです。よく言われることですが、タクシーのドライバーさんは景気に非常に敏感。ここ最近は、「アベノミクス来てます?」と聞くと、いろいろな話が聞けます。基本的には「来てませんねぇ...」から始まって、そこからタクシー業界は世間の景気の半年から一年遅れで良くなるが、悪くなるときはむしろ世間に先んじる。アベノミクスもほとんど来てない。実感がないまま、なんだか終わっちゃったみたいだ。と、話が続いていきます。どなたに聞いてもこんな調子なので、ん~やっぱりデフレのままじゃないかと肌で感じるわけです。そして、ベテランの運転手さんに出会うと、ここから「バブルのころは...」なんて華やかな話が聞けたりします。

 

 それだけ年季の入った運転手さんだと、過去の栄華から今の苦しさまでをハンドルを握りながらじっと見てきているわけで、どこが転換点だったのかも鮮明に記憶しています。それはやはり、2000年に行われたタクシー業界の規制緩和。一気に参入者が増えた影響で、それまであった諸手当やボーナスが瞬く間になくなり、乗れども乗れども給料は増えず。会社によって多少の違いはあるようですが、運転手さんの給与は基本的に歩合制。会社の設定した一日の最低ラインを越えなければ基本給のみの支給にとどまり、それでは手取り10万ちょっと。
「これで女房子供を抱えて生活できます?だからね、最近じゃ若い人はほとんど入ってきませんわ」
 収入を上げようと、個人タクシーに転じて毎晩のように深夜勤務をしだした知り合いは次々に過労で亡くなったと話すベテランさんもいました。さらに、新規参入で入ってきた人たちの中には道も何もよく知らない人も多い。
「昔は他県ナンバーがよくフラフラ右へ左へ車線を変えるようなことがあって危なかったんだけど、最近は同業者の方がよっぽど危ないよね。たぶん、カーナビ見ながら運転してるんだろうけど」
 たしかに、私も「総理官邸まで」といったら絶句しているドライバーさんに当たったことがあります。

 

 さて、そんな中、今国会ではタクシー規制の強化へ法案が提出されようとしています。
『タクシー規制強化 法案提出へ』(10月23日 NHK)http://bit.ly/Hfgb7s
行き過ぎた規制緩和に対してある程度の是正をかけるのは私は正しいと思うのですが、こんな反論もあるわけです。
『規制改革の再起動で既得権打ち破れ』(9月30日 日本経済新聞)http://s.nikkei.com/1agQ0pv
詳しくは全文を読んでいただきたいが、この中にこんな記述があります。
<(前略)タクシー規制は緩和のたびに業界団体が再規制をもくろみ、国土交通省や運輸族議員に働きかける繰り返しだ。そこでは往々にして参入規制や台数制限を強めて競争を排除しようという供給側の論理が優先する。運転手として新たに職を得ようとする人や利用者の利便を高める視点を置き去りにしてよいはずがない。>
 この記事の筆者は一度でもタクシー運転手の話を聞いてこの記事を書いたのでしょうか?あるいは、タクシーにお乗りになったことがないのでしょうか?タクシー規制は「運転手として新たに職を得ようとする人や利用者の利便を高める」ことを妨害するのだそうです。ではなぜ、タクシー業界のルールを十分に緩和している現状で、「最近じゃ若い人はほとんど入ってこない」んでしょうか?さらに言えば、今の緩和状態で「利用者の利便」は本当に高まっているのか?言い方は悪いですが、素人同然のドライバーさんがカーナビ見ながら右へ左へフラフラされることのどこが利用者の利便なんでしょうか?

 

 この国は、いい加減「規制改革=規制緩和(=善)」という固定観念から抜け出さなくてはいけないと思うんです。新聞紙上では、規制緩和につしては「改革の進展」と書き、規制強化については「改革の後退」「既得権の擁護」と悪く書く。実際の中身を見ずに行われる、こうした一種のレッテル貼りが内容の濃い議論を妨げているような気がします。もちろん、規制がきつすぎて供給が行き渡らず、消費者が不便を強いられるようなら規制を緩和する意味があります。タクシーの例でいえば、規制強化の結果、台数規制がきつ過ぎて街中からタクシーがほとんどいなくなり、値段もうなぎ上りに上昇するようなら、私は「規制を緩和せよ!」と、今と真逆のことを言うでしょう。政策はタイミングだと思うのです。今は、規制をある程度強化するタイミングであると私は信じます。

 

 運転手さんと話していて、私はロンドンタクシーのことを考えていました。あれだけサッチャリズムで規制緩和を続けたイギリス。規制緩和原理主義の方々が理想郷のように言うサッチャー政権のイギリスであっても、タクシーの参入規制は緩めませんでした。それは、タクシーの数を重要に見合った数に調整することがすなわち、タクシー運転手の質を維持するのに繋がることを見越していたからです。正当な対価(=給料)が保証されることによって、仕事の質が維持される。そのために日本でも、厳しい資格試験を設けてもいいのかもしれません。しかしそれも、きちんとした給料がもらえる仕事というゴールがあってはじめて、たくさんの人が受けるものだと思います。7年後には東京でオリンピックが開かれます。海外からのお客様を空港から市内まで最初におもてなしするのは、タクシーの運転手さんたちです。「オ・モ・テ・ナ・シ」が「ダ・イ・ナ・シ」にならないよう、動き出すなら「今でしょ!」

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
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