2013年05月01日

裁量労働制の功罪

 政府の産業競争力会議が労働規制改革を視野に議論を続けています。正社員の解雇について、一時金を払うことで解決しようという議論は、解雇権の濫用につながるとの批判が出て今回は結論を出さずに終わっていますが、裁量労働制の対象拡大の論議は続いています。

朝日「裁量労働制の職種拡大を提言へ 産業競争力会議」
http://www.asahi.com/business/update/0416/TKY201304160471.html
時事「裁量労働の拡大提言=雇用改革で民間議員-競争力会議」
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201304/2013041800735

 

 この議論、私にとって非常に身近な議論なんです。というのも、実は放送局は一部裁量労働制を取り入れている会社で、アナウンサーという職種も裁量労働制の適用となる専門職の一つ。私の給料は、裁量労働制で計算されています。今回のエントリーは、経験者は語るという感じで読んでいただければと思います。

 

 で、今回この対象を広げようと議論をしているわけなんですが、この制度、運用次第では危険なものでもあるんです。この制度を批判する意見で最も多いのが、「サービス残業が増える」ということ。裁量労働制は、自分の裁量で始業時間、就業時間を決めていい代わりに、残業代が制限されます。そして、ある一定額は最初から残業代として付与されますが、それ以上は払われないという制度です。いわば、残業代に天井が設定されるわけですね。
「今すでに天井は設定されているよ!」という方もいらっしゃるとは思いますが、そういった方でも、たとえば上司が承認すれば残業代が支払われるというようなシステムであると思います。裁量労働の場合、上司の承認などは必要なく、効率よく仕事をすればみなし残業分得をするシステムでもあるんです。ただ、みなし残業以上に仕事をしても、その分お金が支払われないので、運用次第では被雇用者にしわ寄せがいきます。批判意見は、このデメリット部分を突いているわけですね。

 

 しかし、それ以外にも心配材料があるんです。これは、日本独特の心配でもあるんですが、社内での賃金格差が広がる可能性があります。それも、実際の仕事ぶりと関係なく、配属された部署同士の格差が広がる可能性があるのです。

 

 そもそも、裁量労働制は、職種によって適するものと適さないものがあります。終日デスクワーク、基本的に9時5時で仕事をするようなスタッフ部門、総務・人事部門などは裁量労働制は向きません。残業時間や休憩時間なども、管理者が細かく管理することができるので、裁量が及ぶ余地は少ないからです。一方、営業外勤や、現場が外部の多数にわたるような仕事で、管理者が目の前で管理できないような職種は裁量労働に向く職種といえます。

 他方、日本の雇用体系は終身雇用が長らく維持されてきました。これは、裁量労働とは真っ向から対立する概念で、長期の雇用、年功序列の同一賃金を保証する代わりに、会社の意のままに人事異動、職種変更が可能です。というか、多くの日本企業は長らくそういった運用をしてきました。

 こうした会社に、一部裁量労働を導入するとどうなるか?働いている立場からすると、残業代に天井がある部署と青天井の部署ができるわけで、そうなると所属している部署、やっている職種で賃金が大きく変わることになります。これを、自分の意思で選ぶのであればいいんですが、多くの企業は、賃金体系は裁量労働でも、人事異動は相変わらず会社都合でころころ変わります。となると、自分の意思に反して裁量労働の部署に異動させられた場合、賃金は減るわ仕事は増えるわという悪循環が生まれる可能性もあります。同じ時間働いているのに、同じだけ残業代が支払われないと、当然モチベーションが下がりますよね。しかも、社内格差が広がるぐらいならまだ優しい方で、一気に全職種裁量労働となれば、残業代を一気に圧縮して人件費をカットすることができてしまいます。

 

 では、こうしたデメリットを回避するためにはどうしたらいいのか?私は、同じく産業競争力会議で議論されている、職種固定、勤務地限定の準正社員といった立場とセットでないといけないと思うわけです。裁量労働制=スペシャリスト向けの賃金システムとしなくては、いたずらに賃金抑制の手段として使われてしまいます。それでは、アベノミクスのためになりません。なぜなら、アベノミクスは年間物価上昇率2%を目指してデフレ脱却を目指す施策ですが、実は物価の内訳の4割を人件費が占めています。ということは、人件費=賃金が上昇しない限り、物価が上がらず、すなわちデフレから脱却できず、アベノミクスは成功しないということになりますね。一時金(ボーナス)やベースアップといったところはわかりやすいですが、こうした雇用システムについても目を光らせていなくてはいけません。これからも、議論の推移を見守りましょう。

 

産業競争力会議
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/kaisai.html

書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
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