ニッポン放送の野球中継「ショーアップナイター」の名の通り、まさにラジオの実況をショーアップし続けた深澤弘アナウンサーの訃報を受けて番組には多くの追悼のメールが届きました。
「西日の当たるアパートで中継を聴いていたあの夏の日の夕方」など深澤さんの声と共にあの頃の自分を思い出す方もいました。
松本秀夫さんから、師匠の深澤さんの厳しくも愛に溢れた指導の話や、伝説的な名実況の話の数々を聞いては二人でゲラゲラ笑ったり感心したりしたものです。
訃報の直後に松本さんから聞いた「松本秀夫というスポーツアナウンサーを家に例えれば、立派な家をお前に建ててもらうために俺はお前の家の周りのゴミを拾ってきれいにする役目だったんだよ」という深澤さんの言葉が心に残りました。
基礎的な事には非常に厳しかった深澤さんでしたが、それ以外の事に関してはのびのびとやらせてもらったと松本さんは語ります。
これらの事を訃報の次の日の放送で紹介しようとしたものの、あろうことか私の中に松本さんの感情が入り込んでしまい、絶句と嗚咽で危うく放送事故になりそうな展開になってしまいました。
番組でも紹介しましたが、広島で行われるマラソンを盛り上げるためのオールナイトニッポンを担当した際、実況を担当する深澤さんと番組をご一緒しました。
80年代の話です。
資料を片手に架空のマラソン実況を続ける深澤さんの職人芸を目の前で見る事が出来ました。
頭の中に広島の街と沿道の熱気がどんどん浮かび上がって来たことが忘れられません。
また「ショーアップナイター」の中継と国政選挙の開票が重なった際の放送では、実況しつつ一方で刻一刻と入ってくる開票結果を伝えるという放送も印象に残っています。
様々変化する開票の状況に対し、適切なコメントを挟みながら実況に戻り、そしていつの間にかその両者がどんどんとヒートアップてくるというまさに神業の時間でありました。
「君は目の前に何もないのによくそんなにしゃべれるなぁ。俺なんか野球やっててくれないと話すことなんてないよ」とオールナイトニッポンのスタジオで言っていた深澤さん。
それが全くの謙遜であることはすぐにわかります。こんな放送もありました。やはり80年代です。
台風上陸で野球が中止になりなおかつ関東地方で停電が発生した夜に急きょ特別番組を担当した深澤さんの放送は、災害時の放送とはこうあるべきだというお手本のような放送であったし、いつもの時間にいつのも人がマイクに向かっていることの大切さも教えて下さいました。
私にはいつも「おう!元気か?がんばってるな!」と優しく声をかけて下さった深澤さんですが、将来を託せると見込んで厳しく指導されていた松本さんがうらやましくあったものでした…
深澤さんの声がラジオから流れ始める夕方に、あなたはどこで何をしながらあの声を聴いていましたか?
こころよりお悔やみ申し上げます。
ありがとうございました。

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