ラジオ業界にとって大切ないわゆる「スペシャルウィーク」のさなかの先週の土曜日の26日の午後、私は日比谷図書文化館でトークショーを開催してしまいました。
このお話を頂いた春ごろには、そのことをまったく意識をしていませんでした。大いに反省をしております。が!超満席の201名という皆さんにお越しいただきました。こころより感謝申し上げます。
1000円の入場料金をお払いいただいているので、いい加減なことはできないとそれなりに準備はしていたのですが、それがはたして皆様が望んでいることなのだろうかと、しゃべりだす瞬間まで悩んだり迷ったりしておりました。
終演後のアンケートでは「もっと聞きたかった」「第2回はないのか」というご意見も多かったとお聞きし、ホッとしているところです。
そもそもラジオっていつから始まってどのような内容だったのという、ラジオ面白歴史物語から始まり、金鳥のラジオCMと大日本除虫菊株式会社の創業秘話。「ワシントンホテル懐中電灯クルクルの深夜」から私のラジオに影響を与えた方々の話。ラジオでご縁を頂いた方々に登壇していただいてインタビューとなり、最後は災害とラジオという話を1時間半、駆け足で語りました。
なんで金鳥のCM?とお思いかもしれませんが、ラジオは想像の世界で遊ぶことができるメディアですという例でお話をし、また私のラジオはいつもハプニングと用意していたものが破綻した時ほど面白いのですという話も、実例を挙げながらしましたねぇ。
そしてあっという間の1時間半+5分くらいが過ぎ、いよいよお開きにという時に、私を熱心に説得してトークショーに引っ張り出した張本人の日比谷図書文化館のMさんが「ここでサプライズです!」という事で、当日ご来場の皆さんが書いてくださった私への誕生日カードを短時間にファイルにまとめて私に舞台上で渡してくださいました。
いやはやこれには胸熱くなりました。もう絶句です。忘れられないイベントになりました。そして運営をしていただいた日比谷図書文化館のスタッフの皆さんにも心より感謝申し上げます。
あの時、オールナイトニッポンを始めた1983年当初、駆け出し放送作家としてペーペーの私を助けてくれた関秀章さんから、フェラーリの赤のシェーファーのボールペンを還暦祝いとしてプレゼントされたといいましたが、そこに刻印されていたのはこの文字でした。

ちなみに関さんはその後、久米宏さんの「ニュースステーション」や「紅白歌合戦」などを構成し今はタモリさんの「ブラタモリ」やたけしさんの「たけしの家庭の医学」などを担当しているスーパー放送作家です。
関さん!ありがとうございました!

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