上柳昌彦 ラジオの人

2025.04.25

逝っちまったFへ

このところ大学のサークルの仲間と時々会って近況報告をし合う事が多くなりました。会話の内容はあの頃のおバカな思い出話が多かったのですが、最近では健康や病気の事や老後のことなどが中心になってきたような。

こうやって顔を会すようになったきっかけは「なんでお前がここにいないんだよぉ。」と今でも思ってしまうかつての仲間、Fの訃報を知ってからでした。

Fとは数年に一回会うぐらいでしたが、メールや年賀状のやり取りで「あさぼらけ」を聴いている事は知っていました。

数年前の年末、Fの奥様から喪中のハガキが届き彼がすでに亡くなっていることを知ったのです。

体調を崩しているという話はまったく聞いていなかったのでただただ呆然とするのみでした。

とにもかくにも駆けつけ手を合わせたいと思ったものの、当時世の中はコロナ禍の真っただ中でご自宅に伺える状況ではありませんでした。

落ち着いたら墓参りに皆で伺いますと伝えたところ、様々事情があって墓がなかなか決まらないとお返事が。

その後何度か手紙やメールのやり取りをしましたが、あまりこちらから急かすというのも失礼かと思い連絡を控えていました。

コロナがやっと収束しサークルの仲間とちょいちょい会うようになりました。

つまりFの訃報が皆を久しぶりに引き合わせてくれたという訳です。おそらくその輪の中にFが一番参加したかっただろうと思いますが。

先日、やっとみんなでFの墓参りに行くことができました。

きっかけは先日の番組の冒頭で話したように、2月下旬にあった「伊勢路ツアー」にFの奥様がわざわざ参加して下さったからです。

109名のリスナーの皆さんと次々にお話をしていると「Fの妻です。お墓が決まりました。どうしても直接お伝えしたくて一人でツアーに参加しました」と声をかけられました。

Fがちょいよい聴いていた番組を、彼が亡くなった後も奥様は聴いていて下さっていたという訳です。

驚きました。決して安い金額ではなく、またお一人でわざわざ申し込んで下さったとは。

ただただ恐縮してしましました。

そして先日遅ればせながら、本当に遅ればせながらFの墓に学生時代の仲間ともにお参りすることに。霊園で待ち合わせたFの奥様から彼のこれまでの人生や最後の事を伺うことも出来ました。

お参りした後はみんなで蕎麦を食べに行きFの遺影に献杯をしました。

写真の彼は、酒をガンガン飲みながら「勝手にオレの事をあれこれしゃべってんじゃねぇよ!」と言いたげでした。

そして酔った挙句に好きだったポール・アンカの「ダイアナ」を口ずさみながら「オレちょっとこの辺で消えるわ」と夜の街に消えて行きそうでした。

(彼は酔うとポール・アンカとエルビスプレスリーと矢沢永吉の歌を歌うのが常だったのです)

そうだったよなぁ。いつもお前は酔っぱらって歌いながらどこかに行っちまったよなぁ。

でも本当にどこか遠くへ行っちまうなんて、いくらなんでもまだ早すぎただろぉ。

そんな文句の一つも二つも遺影に言いたくなりました・・・

PS Fへ

奥さんはお元気そうだったよ。それから伊勢路ツアーで知り合いになった皆さんと5月になんと観音温泉に行くことになったそうな。これには驚いたよ。

でも奥さんに友達が増えたみたいでなんかよかったなぁ。

そんじゃあなF!

あっちでもあんまり飲みすぎんなよ。

「うるせぇなぁ」てか!